東京事変・オルタナティヴ・カット
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2017年 12月 17日 6:55 東京都品川区

「現在東京の気温は6.2℃。昨日に比べるとかなり暖かいですが、きょうの最高気温は8℃前後と10℃に満たない気温が続きます。お帰りの時間にはさらに冷え込む予想ですので、暖かくしてお出かけください」

 NHKの朝のお天気キャスターは民放各社のそれと異なり、基本的に部屋の中で大きなモニターに近侍している。平坦な調子で淡々と予報を述べるので、彼・彼女らの語る寒さは、どうも真実味に欠けている。

 今年の冬は暖冬が予想されていた。気象という大自然を相手取る仕事の気象庁の連中が言うならば、たしかに「暖かい」冬なのであろうが、都会暮らしの人間からしてみれば、10℃を下回る日というのは十分に厳しい寒さだった。

 東京の天気予報が終わり、他の地域の予報が始まると、細谷ほそや 幸史ゆきふみは窓外に目を移した。久しぶりに居間から庭を眺めると、気づかぬ間に庭の草木は完全に冬を迎えていた。庭の中央に陣取るアオダモはすっかり葉を落としていて、白い樹皮が動物の脚骨を思わせる態様で屹立している。野球好きの父は、いずれ育ったら伐採してバットを作ると息巻いていたが、当人の死後もそのまますくすくと成長を続け、いまや10メートルを超えようかという高さにまでなった。

 地表に落葉はほとんど残っておらず、家主の不在の間にも、妻や家政婦がせっせと手入れを続けていたことがわかる。多忙を極めたこの一ヶ月、家のことについてはほとんど家人に任せきりであった。あわや年末まで続くかに思われた臨時国会も、どうにか今週で幕を閉じ、与党中堅議員の幸史はようやく心穏やかな週末を迎えるに至っている。

 議員の大半はこの日曜から地元に戻ろうかという者が大半だった。さすがに暮れまでには地元に帰らなければいろいろと不義理が起きるだろう地方選出の議員たちも、このところの日程闘争には相当な疲労がたまっている。今年は大急ぎで帰るよりも、いったん体を休めることを優先している議員が多い。

 東京選出の幸史は、その点多少は気楽なスケジュールが組めるものの、年末には総理に随行する予定の外遊があり、来週からはまた家を空ける生活が始まる。今更のこととはいえ、少し気の遠くなっているところに、「どうかしました」と声をかける者がいた。

「なんでもない。きょうも寒いね」

「そうですねえ」

 妻のめぐみもアオダモに目を細めて、夫の肩に手を置いた。ふたりの間に子供はない。今年40を迎えた幸史に対しては、政治家一族の伯父から養子の話がひっきりなしに持ちあがってきていた。現在の職に任命されてからは、さらにその攻勢が増している。

 慧は養子縁組に賛成だと言っていたが、幸史にはその言葉が本心から来るものでないことをよく知悉しているつもりだった。しかし不妊治療を始めてからすでに10年が過ぎ、ふたりの間にも諦めのムードが漂うようになっている。すでに今年も終わりを迎え、来年には30代を折り返す慧のことを考えれば、決断の時期は近付いている。

 そんな彼の思惑を知ってか、慧は「いまは仕事に集中して」とよく繰り返すようになっていた。昨年来から幸史が務めている内閣総理大臣補佐官(超常関係政策担当)は、「閣僚コースへの登竜門」と呼ばれるポストだった。妻の態度は、飛躍に向けて助走の最中にある夫を、家族のことで煩わせたくないという気遣いの表れである。だが、それがかえって彼を苦しめることもあった。

 天気予報が終わって始まったニュースは、施行の迫っていた民泊に関する新法の話題を取り上げていた。畑の違う幸史が直接携わることはまったくなかった、観光政策の目玉のひとつ。ふと彼は顔を上げた。妻はまだ少し眠そうに、庭を眺めている。

「来年、時間が取れたら旅行に行こうか」

「本当に? それならどこか温泉地にでも」

 外遊の随行や、単身で会談に赴くことが多かったが、ふたりで旅行に行くような時間を最近取れていない。来年の夏頃からは、またかなり忙しくなることが見込まれていた。時期はなるべく早い方が良い。

「きみが行きたいところに行こう。もしかすると日帰りとかになってしまうかもしれないけど……」

「構いませんよ。探しておきます」

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