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アルフォンソ=トリスタン・レアル=レオンの場合

 その日のことはよく覚えている。
 暑い日だった。最高気温は年々右肩上がりで推移しているから、この分だと10年後には50度ぐらい行っていてもおかしくないなんて、仲間内で言い合っていた。普段は工事現場で働いていたから、文字通り死を覚悟しなければならない気温だ。
 でも、おれたちの仲間の多くは、そうならないで済んだ。気温なんかで死ぬ前に、もっとろくでもない死に方をしたからだ。神よ、彼らの魂が安らかにありますように。

 その日も仕事だった。マドリードの東部にある新興住宅地で、家を建てる現場。もう骨格はできていたから、外装を仕上げるのがおれたちの仕事。大型のスプレーを持って、朝から晩までタイルを吹き付ける。
 ちょうどそのときは、昼の交代でおれは作業をしていた。とにかく暑いんだが、それでもおれはマスクをして作業を続けていた。
 もちろん、本当はあんまりやりたくない。熱中症になって人手が足りなくなれば、そのぶん工期が遅れる。すると施工主が怒って、最終的に下で働くおれたちが給料を減らされる。だったら先に休んでしまった方がおれたちも楽だし、けっきょく遅れずに済む──普段ならそう言って、全員で休むようにしていた。
 でもその工事はもう結構遅れてた。施工主と設計士の方針の違いだか何だか、そんなもの事前に揉め終わってろよみたいな話があって、けっきょく納期はさほど伸びないのに何度か手戻りがあった。当然、新しく設定された納期を守るつもりなんかない。これを守れと言われたら壁のない家になるんだろうな。
 おれたちはそれでもよかったんだけど、それじゃ怒られるから、昼は全員で休まないことにして手打ちになった。半分のやつらがちょっとずつ進めて、もう半分が休み。それを交代して、暑さが和らいで来たら全員で仕事。おれたちは粘りに粘って、割増賃金をもらえることになった。
 だからまあ、少しは気合を入れて仕事をしてやる気になった。足場の上で、鼻歌を歌いながらスプレーを吹き付ける作業。無駄に息を吐くからマスクの中は地獄みたいな温度になるが、歌わなければもっと地獄だ。下で休んでる奴らがわいわいと飯を食いながら、俺に話しかけてくる。
「おまえ、犬と猫ならどっちだ」
「猫だな、猫」
 おれは即答した。猫のほうがかわいいし、守ってやりたくなる。
「そうかよ。じゃあいいや」
 話しかけてきたフアンの言い方に引っかかる部分があったから、おれは聞くことにした。
「もしかして子犬でも生まれたのか」
「ちがう、娘が野良犬を手なづけちまったんだ」
 どうやら知らない間に、フアンの家では嫁さんと娘が捨て犬を飼うと決めてしまっていたらしい。小さい犬も引き取ったが、病気ですぐに死んでしまったという。兄弟のうち、兄貴の方だけが生き残ったというわけだ。
「まったくたまらねえよな、俺が返って来ても見向きもしねえ」
「近いうちに犬よりも扱いが悪くなるな」
「もうなってるかもしれねえ」
 ははは、と笑いが起きて、おれはまた作業中の壁に向き直る。その時だった。急に、頭蓋骨の内側に今まで感じたことのない「熱」を覚えた。それは脳味噌の真ん中から湧き上ってきて、急激に激痛をともないながら膨張した。いよいよもって目ん玉とか耳とかから「それ」が出てくるんじゃないかというところで、おれは気を失った。

 

 目を覚ますと、おれは足場の下敷きになっていた。なにがあったのかはわからなかったが、とにかく労災が起きたんだと思った。畜生、足場をちゃんと組んでおくべきだったんだ。誰かが適当にやったせいで、おれは──おれは。
 手と足がない。いや、ないんじゃない。あるけれど、ない。5本の指もある、手首も肘もある、足もある──でも、ちがう。これは、人間の手足じゃない。おれの意思で動いているが、おれの手足じゃない。
 作業服に包まれていたはずの手足が、いまこげ茶色の手足に代わってしまっている。短くで不格好な手足。現場にいる男の手っていうのは大体太くて短いもんだったが、それ以上に短い。水かきのような部分もあるし、爪も異様に長い。スプレーガンは? どこに?
 朦朧としていた頭が冴えてきて、周囲の状況がわかってくる。崩れた足場の下敷きになっているのは、どうやらおれだけではない。そこらじゅうでうめき声やらなんやらがある。サイレンかなにかも鳴っている。
 もしかすると、とおれは思った。単なる労災ではない。地震かなにかが起きている。あるいは、おれはいま、頭を強打して幻覚を見ている。この手足は──直前に犬のことでも考えていたからか。
 これは夢だ、悪い夢。本当のおれはいまごろ病院のベッドの上にでもいるはず──そう考え出したところで、おれは悲鳴を上げた。最悪なことにおれの足に食い込んだ何かの破片が、強烈な主張を始めていた。多分血とかも出ている。傷口を確認しようとしたが、首が動かしづらい。鉛でも入っているのかというぐらい、頭が重かった。
 痛みが断続的に襲ってくるせいで、視界がちかちかとしている。しばらくしていると、「おい、おい」と呼ぶ声がする。聞き覚えのある声だ。──フアン。
「フアン、フアン、ここだ。おれだ。アルだ」
「おまえも、おまえもか」
「どういう──」見上げると、ドデカいカワウソがそこに立っている。「化物──」
「おまえもカワウソになっちまったのか、アル、おい、おまえも……」
 ドデカいカワウソが、おれのよく知っている仕事仲間の声でしゃべっている。気色の悪い趣味の映画みたいな光景だった。やっぱりおれの頭はまだどうかしている──次第に、また意識が遠くなってきた。
「おい、寝るな、いま助けてやる、寝るな、起きろ」
 フアンの声の化物が慌てて、俺の下半身を押し潰している足場をどけにかかる。


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