ODSS OneShot

ODSS OneShot: Spy-A

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 今日の東風浦こちうらは、どこか様子がおかしかった。臨時の指令とやらを受けてからというもの、ずっと黙り込んでいる。
 五月蠅さばえは先輩が不機嫌な理由にうすうす感づいていたが、言い出すことができずにいる。駅に向かうということで、車のキーを回すと、自動的にカーオーディオに電源が入った。東風浦がいつも聞いているはずのアイドルソングだったが、彼女はすぐにスイッチを切ってしまった。
 静かになってしまった車内には、エンジン音だけが響いている。彼は運転に集中しようと、ハンドルを握りなおした。
 サイト-8181諜報機関保安調査統括部第三課〈東風浦班〉は現在、国内の〈蛇の手〉構成員とみられる一組の夫婦の行方を追っていた。妖術者タイプ・ブルーの男女は、東京都心に存在する未確認のポータルを用いて日本国内に侵入し、旧蒐集院勢力との合流を目指して行動している。
 ここまで目標の詳細がわかっているのは、一度は確保目前まで行ったためだ。だが予想外の邪魔が入ったことで、作戦は失敗している。当該の蒐集院残党に潜入工作を行っていた東風浦たちは、自分たちのほかに潜入工作を行っている勢力がいたことに直前まで気づかなかった。
 赤信号が急に目の前に現れ、五月蠅はブレーキを慌てて踏み込んだ。となりで「うっ」といううめき声が上がり、おそるおそる後輩は先輩の無事を確かめる。ペットボトルをあおっていた東風浦は、するどい視線を五月蠅に向けた。
「なにやってる」
「す、すみません。考え事してて……」
「気を付けろ。醤油はこぼしたら匂いが落ちんぞ。わたしはいっこうに構わんがほかの班員がうるさい」
 はい、とおびえながら答えると、東風浦はまた窓の外に顔を向けてしまった。会話とも呼べぬやりとりが終わり、ふたたび車内に沈黙とエンジン音が残る。もう数分もすれば目的の駅に着くはずだった。五月蠅はまだ、自分がなにをしにそこへ向かっているのか聞かされていない。
「あ、あの」
「………………」
 先輩の態度を最大限好意的に解釈すれば、会話を続行することへの黙認だった。五月蠅は慎重に、東風浦の様子をうかがいながら言葉を続ける。
「駅って、あれ、Dクラス職員を調達してるとこですよね……。なにをしに行くんでしょうか」
「行けばわかる」
「はあ……」
 けっきょくはっきりとした答えをもらうことができずに、車は駅前に着いてしまった。改札まで来ると、そこにはやせっぽちな駅員がひとり、二人を待っていた。東風浦は一瞬だけ目配せをして、五月蠅に外で待つように指示する。
 駅務室に消えていった先輩を待つこと五分、出てきた女エージェントはこどもを連れていた。面食らった五月蠅を横目に、東風浦はつかつか歩いていく。どうやらエージェントはこのまま車に乗せていくつもりのようだった。あわてて後をついていく後輩は、こどもの顔をおもわず確認してしまう。
 あたりまえだが、別に東風浦には似ていない。親戚の子供を引き取ったという線は薄いようだ。財団諜報機関の任務とこども。いかにもまずい取り合わせだった。東風浦がさきほどから不機嫌だったのは、このためなことはたしかだ。
「──あ、あの」
「気を抜くなよ。このガキをサイトに連れて帰るまでが今日の任務だ」
「はい」
 いつの間にか後ろに移っていた東風浦は、代わりに助手席へこどもを座らせている。こどもはなにか、この車内に漂う緊張感を理解しているらしく、ずっと窓外に目を向けたままだった。一二歳くらいか、年の割には聡明そうな振る舞いに思える。
 五月蠅の疑念は確信に変わっていた。東風浦はこどもが苦手なのだ。
 言われるまでもなく、安全運転を心掛けなければならなかった。このこどもの身分がなんであれ、これはサイトへの護送任務である。往路に三〇分かかった道のりを、五月蠅は一時間かけるつもりで走りはじめた。
 ふいに思いついて、手をカーナビに伸ばす。カーオーディオのスイッチを入れると、さきほど途切れてしまったアイドルソングが流れ始めた。こどもは一瞬だけ五月蠅の方を向いたが、すぐにやめた。こんどはうしろから妙な圧を感じて、バックミラーをのぞくと、東風浦が鬼の形相で彼を睨み付けている。
 ぎょっとして視線を戻すと、こどもが東風浦をじっと見ていることに気が付く。やはりこのこどもはさとい。曲からだれの趣味かをすぐに見破っている。こどもの手前手出しはできないと判断して、五月蠅はハンドルを握りなおした。
 やっぱり安全運転はやめだ、と後輩エージェントは思う。
 ポップなアイドルソングのBPMに合わせて、五月蠅はアクセルを踏みこんだ。

 

ODSS OneShot: Soldier

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 〈太食フーディ〉がこれから臨もうとしている任務は、彼にとってちょうど五〇回目のタイプ・グリーン粛清作戦だった。
 8266排撃班〈仙遊霞〉の現場班員六名は、コンテナトレーラーに偽装された兵員輸送車のなかで、装備の最終チェックを行っている。狙撃手が二名に、観測手が同数、それから班長のフーディと副班長の〈狭衣スケアクロウ〉がそれぞれ連携して指揮を執る。
 彼らの着用する標準実地礼装ブラック・スーツは、極東部門でもっともよく使用される背広タイプのものだ。一見すると営業のサラリーマンにしか見えない男たちが、巨大な対現実改変能力者用ライフルや観測装置を点検している。悪い冗談のような光景だが、フーディはこれをしみじみと眺めていた。
「ようやく戻ってこられましたね」
 一足先に装備チェックを終えたスケアクロウが、フーディのとなりに座る。古い戦友の言葉にうなずいたフーディは、首から提げたドッグタグを握りしめた。そこには、今ここにいない幾人もの名が刻まれている。
「長かったな。もう半年か」
 8266排撃班はかつて、十数度の狙撃任務に成功してきたベテランの排撃班だった。だが昨年のタイプ・グリーン粛清任務中に班員の過半を喪う大損害を受け、欠員補充と再訓練を乗り越えて、ようやく今回の任務が割り当てられた。一時は退官も考えたフーディだったが、生き残ったスケアクロウをはじめとする部下たちの説得を受け、解隊寸前の班を再建するべく取り組んできた。
 だからこそ、フーディはこの任務に並々ならない覚悟をもって臨んでいた。8266排撃班の栄光を取り戻し、殉職していった仲間たちに報いるには、ここでかならず首級を挙げる必要がある。
 トレーラーが作戦展開地域に到着し、振動が止んだ。フーディが無言のうちに立ち上がると、班員たちが一斉にあとに続く。狙撃手の〈御簾ブラインド〉と〈格子ラティス〉はふたりとも新入りで、それぞれについている観測手の〈白砂ホワイトサンド〉と〈青松ブラックパイン〉は生き残りのベテランである。
 最後のブリーフィングが終わり、トレーラーの扉が開く。大通りに面したビルディングの屋上に陣取ったフーディは、向かいの屋上にいるスケアクロウへ無線を送る。
「スケアクロウ、こちらフーディ。〈ボーカル〉は配置についた。送れ」
「フーディ、スケアクロウ了解。〈ギター〉配置完了。送れ」
「フーディ了解。以上」
 そして彼らは待った。目標ターゲットは、財団が網を張っている警察署から、三人で出てくることになっている。おそらく財団も周辺に待ち伏せており、彼らが狙撃を準備しているように、捕まえることを狙っている。
 彼らは今回、三つのターゲット──いずれもタイプ・グリーンと見られている──を同時狙撃によって粛清する。使用される武器はVERITASが検出した色相を自動追跡する魔弾の一種で、EVE放射によって貫徹力が向上し、的確にバイタルパートを撃ち抜いてさらにもう二つのターゲットに襲い掛かる。一発で三人仕留められる弾丸を、一度に二か所から撃ち込むことで殺害を確実なものにする。
「各局、ブラックパイン。VERITASにて監視を実施中のところハウス1一階部分にターゲットの色相を発見。送れ」
「フーディ了解。ブリーフィング通り統制射撃を実施する」
 否応なく、その場に重い空気が漂い始める。狙撃手のブラインドとラティスにとって、これがはじめての実戦経験だった。フーディは眼下にいるブラインドを見やった。立膝で監視しているホワイトサンドのとなりで、ほとんど寝そべる形で狙撃銃を構える新人がいる。薬物投与や催眠による自己保存優先性処置と体性感覚フィルタリング制御によって、いま狙撃手の脳内はきわめてフラットに保たれているはずだ。世界には己とターゲットしかおらず、聞こえる音は無線と観測手のナビゲートだけ。
用意レディ……」
 警察署の自動ドアが開き、三人分の人影が出てくる。父親と母親と子供。全員がサブジェクトだった。そこに、何台かのバンが突然現れる。おそらくは財団の確保チームだった。だが、人が出てくるよりも弾丸の方が速い。フーディは構わずに命令を下す。
「──撃てファイア
 引き金が引かれる。ハンマーが弾丸を叩くが、EVE放射が事前に組み込まれた発射機構は射撃音とマズルフラッシュのほとんどを消し去っている。一直線に飛行する弾丸は、OL風の格好をした妙齢の女性に向けて滑空していく。もう一発の弾丸、その右隣にいる若い男性の頭部をめがけて滑空していた。50口径の弾丸はただでさえ人の上半身を丸ごと吹き飛ばしうる威力を有していたが、専用の呪詛によってさらに速力と質量を増している。かすっただけでも確実にターゲットを殺害できた。
 ホワイトサンドは弾丸の命中判定をする役目を負っており、妙な現象が起きたことにすぐ気がついた。「命中。ワンターゲット、ダウン」もう一人の観測手であるブラックパインから報告が入り、父親の身体の腰から上がこの世から消え去っていることを確認する。だが、自分たちが獲物にしていた母親はまだ生きている。少なくとも弾丸は命中していない。子供も同様だ。自律追尾機能も働いていない。
「財団の連中、妙な手を使いましたね」
 よく見ると、財団のバンは妙なアンテナのようなものを供えていた。VERITASビューがそこだけ砂嵐状のノイズに覆われていて、補足を困難にしている。弾丸をトラップするジャミング装置のようだった。フーディはすぐに全班員にプランBの始動を告げる。財団の介入は織り込み済みだった。狙撃がダメならもっと確実な手段によって仕留めるしかない。
 ビルの屋上から飛び降りた8266排撃班は、EVE量子の為せる奇跡によって自らにのしかかる運動エネルギーの方向ベクトルを垂直から水平に捻じ曲げる。猛烈な風の抵抗を無表情にかわした班員たちは、ほとんど一瞬で現場へ降り立っていた。
 警察署の玄関はいま混沌の極みのうちにある。突如として夫を失い驚愕する妻──失神する子供──彼らを確保に動こうとする財団──そして後がない連合の工作員たち。その場にいた財団の確保チームは十数名ほどだった。排撃班員たちはかまわず母親と子供に照準を合わせて引き金を引き絞ろうとするが、バンの中から飛び出してきた財団の確保チームが射線に入って邪魔を試みる。
「グレネード!」
 ベルトから薄型のスマートフォンを取り出したスケアクロウが叫び、その場の全員の視線が空中を舞うその筐体に集められた。親子を冥府へ送るはずのグレネードは、しかし地面に落下する前に姿を消す。
「……まずい!」
 フーディが叫ぶ間もなく、スケアクロウの身体が破裂した。本来グレネードが発するはずだった爆風が、なぜか彼の身体の内部から起きていた。近くにいたラティスとブラックパインが巻き込まれ、いくつかの部位に裂けながら吹き飛ばされる。
 母親は無表情に、全員を見渡していた。
「柱はどうした!?」
 財団職員の誰かが叫ぶ。振り返った先のあったはずのバンは、いつの間にか消えている。財団の用意したフェイルセーフはもはや数十キロ先の海の底かどこかだった。母親のタイプ・グリーンは夫を吹き飛ばされた悲しみからはすでに立ち直っていた。いや、あるいは脳内から悲しみという感情を消してしまったのかもしれなかったが。
 フーディはすばやく遮蔽物に身を隠し、様子をうかがう。母親を中心に財団職員数名と班員たちが立ちすくんでおり、背後には騒ぎを聞き付けた警察署の人間たちが集まってきていた。一般人たちはあとでどうにでもなるとしても、問題はフーディたちが受けた被害である。早くも三名がやられ、残りの二人も敵前に身を晒している。まばたきをするうちに人をマカロンに変えてくる相手を前にだ。
「こっちだ!」
 突然、警察署の中から男が現れ、気絶していた少年を抱き上げる。なにかのスイッチを持っているが、爆弾の類だとすぐに知れた。そんなことをしてもまた頭を爆発させられるだけだとフーディは思ったが、どうやら男にはなにか作戦があったらしい。
「この子の身体には爆弾を仕掛けておいた。俺がスイッチを離しても、スイッチごと消しても、この子は吹き飛ぶ。抵抗は無駄だ」
 予想通り男は財団の潜入工作員であり、どうやら子供には事前に財団がつばをつけておいていたようだ。情報不足だったことを悔やみつつ、フーディは作戦の立て直しを考える。このまま引き下がれば、今度こそこのチームは終わりだった。殺されたスケアクロウたちに報いるには、せめてあの母親は殺さねばならない。
 子供に気を取られているうちに、班員たちはそれぞれ所定の位置についた。三方から同時に攻撃を仕掛けるが、うち一発には錯視の紋様が刻まれた特別仕様の弾丸が使われる。前方に弾丸の幻影を出現させ、実体は一瞬遅れて着弾する。すぐさま反応すれば、かえってそれが仇になる。
 迷いなく、隊員たちは母親の頭部へ向かって照準を合わせた。

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  1. portal:1988496 ( 25 May 2018 06:21 )
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