タナトフォビア

槙野悠大は2019年・・月・・日、居住していた東京都文京区のアパートメント・・・・の・・・号室において倒れているのを、家賃滞納に関する対話のために訪問した不動産管理会社職員・・・・によって発見された。搬送先の病院で死亡が確認され、追って行われた検視において死後1日から2日程度、死因は急性心不全による突発的なものとの判定が下された。

槙野の遺体は小ベランダに通ずる掃き出し窓へ脚部を向ける様にして横たわっており、遺体の側には収納物を取り払った中サイズの薄型書棚が横転していた。窓には何らかの衝撃、あるいは圧力が加わったとみられる亀裂が走っており、カーテンは下方へ引かれた様にフック部が破損し、端部が垂れ下がる事で覆い隠されるべき背後の窓が顔を覗かせていた。この事から、槙野は何らかの事情により書棚を掃き出し窓の前へ移動させようとしていた事、何らかの理由  先に述べられた心不全がここで発生したとも考えられる  によってこの動作を誤り、倒れた書棚が窓に損傷を与え、カーテンを一部剥ぎ取ったことが推測される。これを裏付けるかのように、書棚前面からは発見当時に槙野が着用していた室内着、背面からはカーテン生地と、付着したそれぞれの繊維が検出された。

室内フローリングの大半は空のペットボトルや食料品の梱包材といった廃棄物に覆われており、生活の殆どは布団を中心にして行われていた事が推測される。元々就労時に用いられていたとみられるスーツ類やビジネスバッグといった所持品の大半は埃を被って放置されていたが、唯一ワークデスクのみは直近に使用された痕跡が認められた。デスク上には槙野の筆跡による記述がなされたA4サイズノートが残されていたが、その内容に着目すべき重要な情報は無いものと判断され、最終的には他の遺品と共に相応の整理処分がなされた。

以下の記載が、この内容である。
 


 
ぼくは基本的に、このような文章を書く事に慣れていません。何か係る経験があるとするならば、中高生の頃に授業の合間合間で書き溜めていた、思い出す事も苦痛に思える痛々しい設定集未満の創作文章が精々、といった程度でしょうか。それでも、こんな戸棚で大量のしわくちゃになった書類やら、手に取る事もないカタログ類やら、そういった有象無象の底で埋もれていた未使用のキャンパスノート  たしか、学生時代にTRPGサークルのビンゴ会で景品として受け取ったものだったはずです  をわざわざ掘り出してきて、我ながら馬鹿馬鹿しいとすら思える長文の独白を書き記そうとしているのは、偏にぼくが経験した、あるいは経験したと思い込んでいる、感じている、考えている異常な事を、いつの日か誰かに知ってもらいたかった、受け止めてもらいたかったからに他なりません。父母とも関わりが絶たれて久しく、知人友人同僚の類ともとうの昔に縁が切れ、もはや社会の誰にも頼れなかったのです。そしてもし仮にそういった心当たりがぼくにまだあったとしても、自分の口から吐き出す言葉で、誰かに面と向かって晒せる様な内容ではないのです。

さらに加えるのならばここに自分自身の思考整理や記憶の精査という要素も挙げられるのかもしれませんが、

 
 
 
 
 
 
 


 

以下、旧版のコピー 参考用に

 

 もう無理だ、というもはやどうにもならない結論だけがそこにあった。それはよくある劇的な破滅や何らかの宣告によってではなく、むしろリピート再生の様に繰り返し消化する1日1日によってもたらされていた。
 自身を取り巻く日常は その一区切りが過ぎる毎に、上方から一握りの黒く焼けた砂を胃や肺のあたりに流し込んでくる。重苦しくて吐きそうになるが、辛うじて我慢出来ない訳ではない。周囲の誰もが同じこの境遇を平気な表情をして耐えているというのに、自分独りがこの程度の物事に白旗を揚げて与えられた役割を放り投げるなど、自らがまともな人間ではないのだと宣言するに等しい、到底考えられない甘えであった。
 悲惨な表情をさらけ出すなど許されない。ましてや辛いだの苦しいだの、弱音を垂らして己の不幸と惨めさをこれ見よがしに吹聴するなど恥ずべき悪徳に見える。この程度の砂が何だと言うのか。本気を出せばこんなものは重石にすらならないと、自分の心身を鞭で引っ叩いて無我夢中に身体を操作した。死に物狂いになりながら、大して価値があるとも思えない安っぽい日常の維持に腐心し、それが正常であるのだと言い聞かせ──ふと我に返った時には、積もりに積もった黒い砂は身体の中を隙間も無く埋め尽くし、もはやその重みで一歩たりとも動く事は不可能と成り果てていた。
 喘ぎ混じりの深い呼吸をする度に、溢れ出た砂は気化して不快な黒煙となり、口から吐き出されている様に思える。全身の毛穴から黒煙が滲み出し、身体の輪郭をなぞってホームの継ぎ接ぎなアスファルトへと垂れ流される。すぐ目の前に手を繋いで並ぶ若いカップルは疎か、この出勤ラッシュの乗車列やホームを通行する近辺の人間全員に、自らの発する不快な煙の悪臭を察知されている様に思えてならず、罪悪感で自然と身が縮こまってしまった。

 一歩たりとも動けぬ、そのような自分がこうして今日もこれまでと変わらぬ日常のローテーションを進めてるのは、何もおかしな事ではない。今この場で乗り換え列車を待ち、職場に向かおうとしているのは自分などではない。世間体と習慣が動力を得て歩いているだけの抜け殻なのである。もはやその中身は死んでしまっているというのに、それに気付かずかつての外面をただ真似て、周囲にその存在を見せつけている。校舎の屋上から、己の死に気付かず永遠に投身自殺を繰り返す女子生徒の地縛霊などと、何の区別がつくだろうか。

 痛々しく差し込む太陽光は辺りの光景を照らすどころか、逆光によって屋根の下の何もかもを、現実とは思えぬ程の沈んだ鉛色に塗り上げている。人間の動きが無ければ色の違いも、どれが生きているのかさえも分からぬような白昼夢の景色の中で、屋根の合間から覗き見る空だけは、かつて幼少の夏休みに見上げたどんな青空よりも青色で、そして絶対的な清潔さと正しさを誇っていた。それは常にこちらを睨みつけ、今ここにいる自分自身が、この潔白な空の下に存在すべきではない不浄な汚れである事を突き付け続けている。明るい笑顔を浮かべたままに、「消え失せろ」と語りかけ続けている。

 古ぼけた支柱の上方に取り付けられたスピーカーが、間も無く列車が通過する旨を駅員独特の甲高い鼻声で告げた。少し空いて、はるか右の方から微かな重い金属音とブレーキ音らしきものが耳に入った。



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