ブライトまみれのフルコース

「みなさま、お飲み物はお手元に回ったでしょうか」

アールデコ調の洒落た家具と暗い朱色の壁紙に、老人のようにしわがれた、しかしそれでいて深く染み入るような声が響いた。円卓にはすでに定員が着席している。十名。声は円卓の端、ひときわ暗い一角から発せられたものであった。

その主、浮田はその手に持った美しい切子の酒器を掲げ、乾杯の音頭を取ろうとしていた。その小ぶりの器には金色の液体が満たされている。その香りは、しかし上品なものとは言えない。

その匂いは、室内の鉄板の上で牛脂ともラードとも違う奇妙な香りのする油が煙になって立ち上るのとまじり、ひどく下品な臭気であったが、会の面々が気にしている様子はまったくない。

「これが本日のアペリティフ、ええ、ええ。今宵はフランス風に参ります」

それだけであれば、ただの饗宴であると言えたかもしれなかった。部屋の片隅に、女が一人吊られてさえいなければ。

「爪の垢を煎ずればとは申しますが、こうすれば我々浅学非才の者もこの方にあやかれるでしょうか」

一人が誰ともなくそうつぶやくと、低い笑い声が部屋の中に広がった。

「まあ、たまにはこういうのもよろしいでしょう。至上のものとはいえ、石榴酒ばかりでは飽きようというものです。まあ、これも石榴から滴ったものと言えば石榴酒と言えるかもしれないですが」

「しかしどなたの発案ですか?尿に烏龍茶で臭い消しとは」

「手塚殿」

低い女の声が、手塚と呼ばれた男を咎める。男はバツが悪そうに一つ咳払いをしてから女に応えをする。

「これは失礼、そうですね。さしづめ檸檬酒とでも呼びましょうか」

「アメリカ産というのは情趣に欠けますがね」

「シシリーのものの方がよろしかったかしら?」

「これこれ、イタリア産石榴でしかもこの方を宿しているとなると、調達にそれは手間がかかりますよ」

「あらまあ、でも黒石榴でなくて良かった。黒石榴は生食には適さないもの。匂いに癖がありますからね」

「アファーマティブ・アクション」

「なんですそれは?」

「いいえ、いいえ。でも素敵な響きの言葉ではありませんか?」

「どうでしょうね」

倶楽部の面々が歓談に花を咲かせていると、吊られている女が目を覚ます。女はぼんやりとした様子であったが、室内の様子をみるやFで始まる単語を一つ口にした。浮田を除いて、全員が顔を顰める。

「いかがした、御歴々」

「失礼、あの方が少し、下品な言葉を漏らされまして」

「ああ、なるほど。では先に喉の軟骨からいただくかね?食事は静かにしたい」

「それも結構かと思いますが、終わりの方では鮮度が落ちますね?」

「ううむ、なかなか……では予定通りにしようか。そろそろ毛焼きしよう」

浮田がハンドベルを鳴らして給仕を呼ぶのに合わせて、女が日本語でクラブメンバーに絞り出すように呪詛を吐く。

「てめえら、一体何なんだこの気色悪い集会は」

「おや、日本語も堪能でいらっしゃるんじゃないですか。さすがは博士でいらっしゃる」

「ああ、前の家主の残っていた荷物を譲り受けてね。日本語は堪能だよ。ポコチン野郎が」

「お言葉ですが、その単語は女性には使わないものですよ?あと舌触りもよろしくない」

「勉強になりましたよ、クソ女が……しかし、腹がクソいてえんだが、なにかしたか?」

「衛生的な問題があったので尿道から直接取ることが出来なかったので、膀胱から注射器で直接尿を頂戴しました。カテーテルもあるのですが……とくに使う必要がなかったものですから」

吊られた女が、片眉をくいと上げる。顔には不敵な笑みさえ浮かんでいた。わざとらしく酒器に目をやってから、全員の顔を順に見てぷっと吹き出す。

「何がおかしいのでしょうか?」

「いやなるほどなあと思ってなあ。気障ったらしいこの部屋の内装といい、てめえら金持ちのヘンタイ野郎かよ」

「一般常識からすれば、まあとんでもない行為だというのは分かっていますとも。ブライト博士」

円卓のそこかしこから忍び笑いが漂うが、ブライトと呼ばれた女の高笑いでそれはかき消された。

「で、どうする気だ?俺に手を出しゃあ俺のオトモダチが黙っちゃいない。まあ俺は殺してくれて全然構わねえが……」

ブライトが視線を下に向けると、表情が笑みのままかちりと硬直する。全裸の、胸のあたりにその視線は注がれていた。

「失礼、俺の素敵なネックレスがないんだが、紳士淑女のどなたかご存じないかね」

「ネックレス……?そんなものはお持ちでなかったですよ」

「だが、しかし、どうやって?」

「詳しくは存じませんし、説明しようとも思いませんが、すこしだけ」

初老の男が、手を上げてその疑問に答える。

「我々は、あなた方のご詮索にすこしばかり飽き飽きしておりまして。それでまあ、憂さ晴らしを兼ねて少々意趣返しをしたかったのですよ。あなた方のいう、奇跡論でしたか?共感の法則。なんといいましょうか、『財団を食べてしまおう』というような風情で」

「ふざけてんのか?」

ブライトは男をにらみ上げるが、男は平然と続ける。

「それで、財団に放った草があなた達の中で高名な人物のお名前を聞いたのですよ。クレフ博士、コンドラキ博士、そしてあなた」

「おうボケナス。なんで俺なんだ?」

「うーん、これはお話してもよいのでしょうか?」

男が浮田の顔色を伺う。浮田はにこりと微笑んでそれに応える。

「構わないよ」

「はい、ある施設で派手な事故が起きたとかで、あなたが増殖したと言う話を聞いて、しめた!と思ったわけなのですよ。たくさんいれば、ひとり減ってもわからないでしょう?」

「い、いや……アホ抜かせ。ここはどこなんだ?日本なのか?一体どうやって」

「お友達でしたか。私達も沢山の同好の士がおりましてなあ。その伝手とでもいいましょうか」

「あーあ、冗談じゃねえや……俺に『脱出しましょう』なんて耳打ちして死体袋に押し込んでくれたタコを信用した俺がバカだったね」

「人生そんなものですよ」

そんなところに、バーナーをもった給仕が姿を表した。通常のハンドバーナーより大きな、威圧感のあるそれを見たブライトは、小さくせせら笑う。

「本当に頭がオカシイんだな。ネオ・サーキックのパーティーの真似事か?」

「ああ、欲肉教の連中かい?昔は取引があったが、今は疎遠でね。これは私達のオリジナルだよ」

「じゃあ、手早くやって頂戴。手足の枷にあまり火を当てないで。関節の軟骨に熱が入って固くなるから」

「かしこまりました」

「マジかよ……ぐあっ!」

しっとりと汗ばんでいたブライトの肌を、バーナーの火が炙った。室内に毛の焦げる匂いが充満し、倶楽部の内数名はご満悦らしくニコニコとその様子を眺めていた。時折身を捩ってひっ、と声を上げるブライトの顔から、徐々に余裕が失われていくのは、誰の目にも明らかだった。

「鼠径部はよく焼いておいてくれ。前のはその処理が雑でチクチクしてかなわんかった」

「……石榴の皮なんてものがお好きなんて、ゲテモノ食いなのですね。船越さん」

「いやいや、石榴に捨てるところはありませんし、ゲテモノ食いだなんて。今更でしょう?」

「ああ、それもそうですけれど」

顔を残して全身を一通り炙られたブライトは、全身にまだらに火傷を負い、見るだに痛々しい。だが倶楽部の面々にはそれが好ましく、美味そうに見えているらしく、どこからともなく生唾を飲み下す音がやけに大きく響いた。

「これでご満足かね……」

「大変よろしいです。できれば毛の燃えカスを自分で擦り落としていただけますか?」

「じゃあよ、チェーンをはずしてくれるとありがたいんだがね」

「ああ、そうですね。給仕くん、代わりにやって差し上げて」

「てめえらやっぱりバカなんじゃねえのか?」

言われてブライトに近づいた給仕が硬い毛のブラシで全身を擦り、ブライトが犬のように呻いた。

「良いでしょう。では、逆さに」

「なんだ、うおっ」

言うが早いか、ブライトはあっというまに逆さ吊りになる。


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