カルキスト・イオングループ vs 外資! ~立ち上がれ、イオンモール!~

「イオン会長、ダエーバイトの連中がまた探りを入れに来ていました」

バックヤードにやってきた地区マネージャー・オロクが小指の先に、怯えきった小男を引っ掛けている。

ダエーバイト。ダエーバイト文明(フミアキ)社長を名目上の社長とし、その妻が企業グループの実質全てを牛耳っている巨大コングロマリットである。「ええわ、ダエエワ」のCMでお茶の間ではお馴染みであり、国民からの好感度も高い。オロクが捕らえたのはダエーバイトのバイト、その彼は身分を偽ってイオングループ傘下のスーパー・アディトゥム店にアルバイトとして潜り込み、企業スパイ行為を働こうとしていたのである。

「オロク、下ろしてあげてください。この方だいぶびっくりしてるようですから。君のガタイがよすぎるせいもありますが」

会長と呼ばれた男は慌てた様子で、油物と臓物の跳ね跡のついた汚れたエプロンを握りしめながら身の丈3mはあろうかという地区マネージャーに声を掛ける。イオン会長。価格の魔術王。アディトゥム店の崇高なる店長にして、尋常ならざるお値打価格を全てのお客様に向けるもの。そのお値打ち価格は会長本人が自身の同位体を各店舗に放ち、それぞれが長時間労働を重ね、人件費を極限にまで抑えることで実現したものである。

オロクは価格の魔術王の命を受けると恭しく頭を下げ、ダエーバイトのバイトを床におろした。

「かしこまりました」

「驚かせてすみません、でも本当にダエーバイトから?」

「は、はい。そうです」

「そうかあ、本当に大変だったね」

ガリガリに痩せ細った男の顔を見て、イオンは表情から悲愴を隠そうともせずうなだれる。せっかく応募があったのに企業スパイだったというのもあるが、イオン自身もかつてはダエーバイト傘下のコンビニに務めていたゆえに、このダエーバイトのバイトの境遇に憐れみを覚えていたからだ。

イオンはもともとそこのオーナーであった父親(彼はそこで過労死している)の遺産としてコンビニを受け継ぎ、自身も奴隷に等しい労働を強いられてきた。その彼にダエーバイト本部はロイヤリティ90%を課すという過酷な搾取を行ったのだ。この所業まさしく悪魔(ダエーワ)である。イオンがダエーバイトに反旗を翻すきっかけとなったのは、生まれてこのかた父をさまざまに脅しつづけ、自身にも望まぬギフト・お歳暮負担を強要してきた本部社員の女が、自分の実の母親であると分かった時であった。

悲憤とも狂乱ともつかぬ熱情のままに立ち上がったイオンは他店のオーナーたちを束ね、集団訴訟を提起した。そして長い戦いの末に多額の賠償金を手にし、その賠償金を元手に仲間たちと「イオン・グループ」を創始したのである。そのあと海外の匿名の後援者から資金援助をうけ、また同時にちょっとした啓示を受け大いなる肉の業を身につけた。それによってグループは最高品質の精肉部を手に入れたのである。

起業に際して元々有していた小売業界の知識も大いに役立ったが、躍進の決め手となったのは最高等級の牛肉にまさるとも劣らぬ肉質を持つよく分からない肉を、キロ200円で販売する価格破壊である。そしてそれはあっという間にグループを業界の寵児に押し上げた。

さらには健康食品分野にも野心的に手を伸ばし、かの変容の白蛆であるアクロスを安価に販売したことで、アクロスはもはやコンドロイチンやグルコサミンより有名になった。元は「聖なる白蛆」という商品名で行こうとしていたのだが、名前に蛆が入ると全く売れないだろうという副社長・ナドックスのツッコミが入り、ユーグレナに倣って単に「アクロス」としたのである。アクロスを摂取したお年寄りたちは軒並み肉体年齢が50歳ほど若返った上、筋力増強、知性向上、精力増大のほかに追加の付属肢を得るというとてつもない効能にあずかっていた上に、伸び悩む受験生や欲求不満の中年層にもアクロスのもたらす随喜と刺激は大人気であった。原宿などの繁華街には、肩からいびつな付属肢を生やした女子校生の集団である「アクラー」が出没する事態ともなり、イオン・グループは一大社会現象を巻き起こしていた。

しかし、うまくいっていたのは最初だけであった。イオンとの訴訟が原因の株価の暴落から力を失っていたダエーバイトは、まったくいくらの金を積んだのか、その年の朝の連続テレビドラマのモデルとなったのである。そのドラマ「ダエーワ年代記」で描かれた「女の細腕一つで、近代から現代にまでかけて一大企業を築き上げる」というお涙頂戴のストーリーが、主役を演じた国民的美ダエワ……一説によると社長夫人本人ということだが……とともに大人気となった。それをきっかけとしてダエーバイトはほぼ全盛期の株価を取り戻していた。イオンの告発に憤っていた民衆はいまや毎日の朝ドラに釘付けであり、ダエーバイト本社ビルはドラマファンの聖地になっている有り様だ。

そしてダエーバイトばかりでなく、その不在に躍進した新規参入者達……スキップソン、オカルティックイレブン、そしてイオングループの創立とほぼ時を同じくしてチェーン展開を始めたメカニトマートが小売業界を跳梁跋扈し始めたのだ。特に、メカニトマートは惣菜・米飯系の品物はそれなりであるものの、コンビニエンスストアという業態にもかかわらず高品質な家電を販売するという奇策を打ち、さらにはイオングループの主力であるディスカウントスーパー=アディウム周辺に集団出店することで兵糧攻めを仕掛けるという敵対的な行為を繰り返していた。

いまはグループの役員たちがやはり同位体や影を放って人件費を削減したり、ロヴァタールがダエーバイト時代に得ていたコネクションを使って政治家を含む関係各所に圧力をかけることで、どうにかやっていけているという状況であった。

イオンは、ため息を一つ吐いてから縮み上がっているダエーバイトのバイトに言った。

「とにかく、君はもう帰ったほうが良い。それにもうダエーバイト関連で働くものではないよ。スキップソンなんか時給2000円なんだ、そっちでバイトすればいい」

「はい、もうこうして見つかってしまいましたしね……確かに近くの交差点にできたスキップソンいいなって……ぐぬっ、があっ!」

唐突にダエーバイトの間者が口から血を吹き出した。その血を浴びたイオンの青白い皮膚が白煙を上げて爛れ始める。オロクはダイエーバイトの胴に向かってその丸太のような腕を振り抜き、それをまともに食らったダエーバイトは肉やはらわたを撒き散らしながら最も離れた壁際にまで吹き飛ばされた。

「会長、お下がりください」

「いや、私は大丈夫です。しかし彼は」

イオンが、吹き飛ばされた男の方を見る。男はみるみるうちに、蒸発するようにしてその体積を小さくしていっていた。

「操血術の一つ、服従の呪詛。反抗を鍵としてその者の血をベヒモスをも死に至らしめる猛毒となす……ダエーワの貴人、ダエーバイトの部長級社員が好んで用いる術だ……」

イオンは死にかけの小男に駆け寄ると、ブスブスと毒々しい色の煙を上げながら崩れ行くそれの手を取った。イオンの手のひらから細い血管様の管が伸び、男の手に突き刺さるやいなやどろどろに溶けていっていた彼は元の姿にどんどんと復していく。イオンは自らの血、貪婪なる盲目の祝福を受けた聖血を死骸同然のそれに注いでいた。そして代わって、ダイエーバイトの体から毒を吸い出し、己に引き受けたのである。オロクは顔を無表情に保ちながらも、内心穏やかではなかった。また、会長・イオンの悪い癖が始まったからだ。

「会長、お体に障ります。今週はこれでもうお控えください」

「分かっていますが……」

そう言った直後にごほっ、と血を吐いたイオンであったが、その体を石の投げ込まれた水面のようにひとつ波打たせたかと思えば、もう普段どおりの穏やかな調子に戻っていた。そして何事もなかったかのように、ラザロの如く蘇ったダイエーバイトを抱きかかえるとイオンは店の前においてあるベンチまで彼を運び、静かに横たえてやった。この様子では、生きて戻ってもろくなことにはならないだろうが、イオンには彼がどうしても捨て置けなかったのである。

「しかし部長、地区マネージャー級が絡んでいるとはね。我々の人不足につけ込み内側からの破壊工作で攻撃を仕掛けてくるか」

「姑息な真似を。私が本当の破壊というものを見せてやりたいところですが」

「オロク、駄目だ。また不祥事になってしまう」

オロクが、嫌なことを思い出したのか額を手で覆う。

ある時、イオンに対して暴漢が襲いかかるという事件が発生し、その暴漢が手にしていたナイフは血染めの玄武岩を削り出したもの……ダエーワの好む武器であった。放たれた血刃で頸部を切り裂かれたイオンが全治二秒の重傷を負ったために、サアルンが怒り心頭に発してダエーバイトの幹部社員の半数をその日のうちに暗殺するという報復に出たのであったが、始末されたダエーバイト社員は多くが身代わりや捨て駒であり、逆にサアルンが殺人の容疑で一時当局に拘束される事態に陥ったことがあった。

一切の証拠を残さなかったサアルンと特殊訓練を受けたパート従業員集団「サアルンと愉快な王の刃たち」のファインプレーにより不起訴処分に事は落ち着いたが、朝ドラの影響で人気を取り戻していたダエーバイトに同情が集まった結果、サアルンの報復はかえって相手を利する結果となってしまったのであった。

イオンが足元に従う影に目を落とし、何度目かわからぬため息をつきつつそこに呼びかけた。
イオンがサアルンのことを考えていたのを察知したのか、すでにそこにはサアルンが潜んでいる。

「サアルン」

「おはようございます我が君よ、私はここに」

すでに制服とエプロンをかっちりと着込んだサアルンが影の中からぬるりと水面から浮かぶようにしてその場に現れる。一歩影の中から踏み出すと、サアルンの方から高いささめくような音が漏れる。イオンはそれが暗器やガム剥がし用スクレイパーなどが擦れて立てる音であると知っていた。

「サアルン、君、さっきの彼を追いかけて始末しようとしていたね?」

「はっ、左様でございますが」

夕日の中、イオンに声をかけられたサアルンから落ちた影の中で幾匹もの蛇が勇ましげに鎌首をもたげる。最初、誇らしげに答えたサアルンであったがイオンの不興を悟ったのか深々と頭を垂れた。

「あれなるを生かしたまま帰せば、ダエーバイトにわずかでも我らの内情が漏れ出すものと思いまして、不帰とすればそれも心配無用に」

「それはそうだけどね、無用の殺生はやめてね」

「はっ!申し訳ありません!」

「いやすみません。私こそ勤務前に説教など。さあ、せめて次の勤務までゆっくりしていてください」

「仰せのままに。しかし我が君よ、あなたこそ今日は休まれてください。流石にその、7000連勤はお体が持ちませぬ」

「大丈夫です。7000というのは各個体も合算した数値ですから、実質……ああ、140連勤か」

「……やはりサアルンさんの言うとおりです、会長。奥様も心配しておられました」

オロクがその一つしかない目を気づかわしげにイオンの手に向ける。
働き者の手。節くれだち、油の跳ね跡だろうやけどのあとがひどく目立っていた。
その再構成に回す力までも節約し、人件費の節約に当たっているのだ。

「分かった、ありがとう。今日は先に上がらせてもらうよ。ああ何かあったら……」

「ご心配には及びません。アディトゥム店の夜は私が守ります。それでは失礼いたします」

サアルンは平伏し、数歩後ずさって店前の自販機の影に足を踏み入れると、そこに溶け込むようにかき消える。
そしてその影の中から一匹の蛇の頭がにゅっと突き出てイオンに向かってペコリとお辞儀をし、次の瞬間にはイオンすら彼女の気配を追えなくなった。彼女もまたこれから深夜勤務が待っている……アディトゥムに定命の者たちのような眠りという断絶は存在しない。24時間営業なのである。

「さて、ちょうどよくバスのお時間です」

オロクはそれを見送ってから、その大きな手を打ち雷鳴のような爆音を鳴らして「バス」を呼んだ。

「おやそうですか。今、他の『私』も店舗(キラーク)に還しました。ではお疲れさまです」

「お疲れさまでした」

のしのしと、そこにバスがやってくる。従業員(ナラカ)の間でべひもす君として親しまれる巨獣に、飛行船についている籠のようなものをぶら下げたものだ。時速は軽く120kmを叩き出し、目的地を念じることで自動でそこに向かうようになっている。関連免許なども本人が持っているため、法的問題もクリアしている。巨獣と呼ばれるものの、その正体は概ねヒトである。

バスが四足の膝を曲げて出勤者を籠から下ろし終わると、退勤するナラカ達が店から三々五々現れる。ワイワイと店前がにぎやかな雰囲気に包まれ、イオンは久しぶりに微笑んだ。こんな時間に帰るのは何年ぶりだろうか、と。そんなイオンに気がついたナラカ達が「オジルモーク、おつかれっした!」などと声をかけ、それにイオンは小さく手を振って応えた。

そしてイオンを最後に籠に乗せるとバスは滑らかに発進する。一号店立ち上げ当時は店の二階に住んでいたこともあったが、ロヴァタールとの同居になってから流石にキチンと土地を買い、キラークをそこに育てて二ヶ月前にようやくワンルームほどの居住スペースを確保できた。

「ただいま」

自宅前でバスを降りたイオンは玄関のドア、瞬膜のような白いキチン質の板を軽く撫でてやる。するとキラーク全体が嬉しげに震え、瞼が開くようにしてドアが主を迎え入れる。家の外装こそ黒い尖塔付きのカルマクタマ風であるが、内装は北欧風のシックな雰囲気である。ロヴァタールの趣味だ。

まず家に帰ったイオンのすることといえば、キラークから自身を数人複製して、
掃除・洗濯・炊事をパパっと片付けておくことだ。自分の着る制服、ロヴァタールのスーツのアイロンがけ。
それが終わればキラーク内に溜まった老廃物をせっせと集めてゴミ袋に詰め込む。生ゴミだ。

そしてグループの社長として辣腕をふるい、いつも遅くなるロヴァタールの帰宅時間、午後10時ごろに合わせてアクロスが炊きあがるようにしておく。夫婦ともども肉が好きなのもあり、なにも考えないでいるとタンパク質偏重の栄養バランスになってしまうのが悩みの種であった。新商品に、食物繊維を添加したアクロスなどはどうだろうか……そんなことをぼんやりと夢想していたイオンであったが、そうこうしているうちにロヴァタールが帰宅したらしく、のしのしという自家用ベヒモスの足音が近づいてきていた。

「おかえりなさい」

「ただいま。今日は早かったんですのね」

「ええ、ちょっとありましてね」

「ああ、そういえばオロクから聞きましたわ。大変でしたね」

「先に食べます?」

「ええ、お願い」

ロヴァタールは玄関をくぐったと思えば、着ていたスーツを瞬く間に脱ぎ捨てて洗濯かごに突っ込み、数秒後にはもはや身につけているのは首飾りとイヤリングというささやかな装身具のみであった。同居してイオンがこのダエーワ風の風習を初めて見たときは絶叫ものであったが、もはや見慣れた光景だ。

イオンもいまだ、素面で直視して平静でいられるまでには至ってはいなかったが。

「まったく。今日もナドッさんが新戦略に口出ししてきましたのよ」

「ああ、外資と手を結んで今まで以上に海外展開に力を……ということでしたね」

「ええ、ええ。私達の商品は国内で広く受け入れられましたが、販路拡大を続けていかなければ『女王』を倒すのは難しい。ナドッさん主導のイオン・モール第一号のオープンももうじきに迫ってきています。わたくしも負けてられませんわ」

食卓の席に腰を下ろしたロヴァタールは、その血よりもなお紅く輝く双眸を伏せ唇を噛んだ。最近、ダエーバイトにやられどおしなのを誰より悔しがっていたのは彼女であった。それからふっと笑顔を作ってから、おどけた調子でロヴァタールはナドックスの念話をそのまま真似してみせる。

「それをナドッさんたら、『"今はまだその時ではない。手を組む相手を間違えれば恐ろしいことになる"』って渋りっぱなし。あなたとよく相談してって
  それに気がかりなこともあって……もう!」

ロヴァタールはクリスタルガラスに黄金の豪奢な意匠が入ったグラスからワインを呷り、それを勢いよく床に叩きつけた。キラークが危険を察知し、フローリングに擬態していた床を柔らかく変質させ、グラスはその場にぽよんと受け止められた。

「あっ」

「ああ、もうロヴァタールさん!大丈夫ですか?」

「ご、ごめんなさいね。ぼーっとしてつい昔の癖が」

「大丈夫です、分かってますから」

「私ってホント駄目ね……いつまでも中身は、あいつらのまま」

「ロヴァタール……」

ロヴァタールは元々はダエーバイトの人間であった。
ある時ダエーバイト本社に単身で交渉に来たイオンの対応に当たった彼女は、折衝を重ねるうちにイオンに愛憎にも似た感情を抱くようになり、「お前を私の物にしてやる」と枕営業ならぬ枕交渉をイオンに対して要求したのだが、逆にイオンにとくとくと説教されるハメになって、大号泣。曲折を経て最終的にはダエーバイトを裏切った挙げ句にイオンとゴールインするという異色の経歴の持ち主である。

ダエーバイト幹部であった当時にはバリバリのキャリアウーマンであり、年収は数億。
美男美女を侍らせ、一度着た服は即捨て、飲み物の器はそれが何であってもイッキした後は社畜に投げ与えるか叩き割ってしまうというありさまであった。そのころの癖が抜けきらず、あたかも石油王のような振る舞いをかましてしまうことがあった。

それゆえに今も人から誤解されることもあったが、イオンはその奥底にあるものに気がついていた。

「あなたの中には光がある。暖かな光。人々を導くに足る、慈母のように皆を包み込む優しさが。
新しいことに慣れるには誰でも時間がかかるものです。焦ってはいけません。私がついていますから」

「あなた……」

「さあ、食事しながら今後のことも相談しましょうか。それで気がかりなことってどうしたんですか?」

「……そうなんです。突然本社に『さるCEOの大使』と名乗る方が来て。創業当時のあの匿名の資金援助をしたのは彼らだというんです。それで、とにかく会いたいと」

「なんですって?」

「今後の、イオングループの発展に関する重要な話があるということだったのですが……アポもなしに突然来たんですのよ?それとこれを」

「これは、おや……」

そう言ってロヴァタールは二枚の紙片を取り出すと、テーブルの上に広げる。それは海外のプライベートバンクのものと思しき送金履歴が印字された紙と、イオングループの法人口座の通帳だった。前者にはM&CDと透かしが入れられている上、麝香のような香りまで漂ってきていた。濃厚な金の臭い。イオンは少しく顔をしかめる。

それらをよく見てみると送金された日時、金額が法人口座に来た資金援助のものとことごとく一致していている。

かつてイオングループの創始の際、何者からか巨額の資金援助が行われていたのだが相手は一切身元を明かさず、ロヴァタールやサアルンが八方手を尽くしてもそれが海外からの送金であるということしか突き止めることができなかった。金が必要だった当時は、それが何者からのものであるのかを突き止めるのは後にする他なく、複数の銀行口座から多種多様に迂回して振り込まれたその資金を元手に設備投資や人件費を賄わなくてはならなかった。

それから数年、ここに来て急に連絡とは。イオンは言いしれぬ不安をおぼえたが、努めてなんでもない様子でロヴァタールに聞いた。

「『さるCEOの大使』とは。まあ、本当かどうかわかりませんが一度話してみましょうか。すぐと言いましたが直近ではいつに?」

「それが、明日にでも!ぜひぜひ!っていう様子で」

「明日!?」

「ええ……」

絶句するイオンを見てロヴァタールが戸惑いの色を深くする。

「たまたまこちらに来ているからとは言っていましたが。こんなあからさまな嘘、信じられませんわ」

「なにか、おかしいね。とにかく私が会って見極めます。どんな人でした?」

「ええと、色黒でゾッとするくらいのハンサムでしたけれど、顔の造作がでもあんまり思い出せませんわね。印象に残らないタイプと言うか」

「なるほど、話しぶりなどは?」

「やり手、というよりも穏やかな感じです。あなたみたいな。でもなにか気味の悪い、探るような感じは受けましたわ」

「あなたがそういうのなら、何かあるのかもしれません。私があって見極めましょう」

「ええ、すみません。では明日は店舗の見回りと勤務は私が参りますから、本社でそちらのご対応をお願いしますわ。午前中のうちにはと言っていました」

「分かった。でも期待はしないでくださいね。ナドックスの意向も汲んであげたいし」

「まあ、あなたがそうおっしゃるなら」

こうしたことは前にもあった。実を言えばスキップソンの役員が一部商品のコラボを持ちかけてきたのだが、
打ち合わせのために社屋に招いた途端に「なんとおぞましい」とか「天使だ…俺は天使を見ている…彼女が俺を抱きしめている…一千もの翼で…とても美しい…とても…」

などと狂乱状態に陥り、最後にはほうほうの体で逃げ去ってしまった。

挙句の果てに、しばらく経ってからスキップソン側のクローネンバーグ企業営業部長博士が「もう結構」とだけFaxで意向を伝えてきて、イオンをひどく失望させたのだった。

(全く失礼な人だったな。ヴァリス君が親しくしていたから、彼に今度一言言ってもらおうかな)

イオンは茶碗の中でぷつぷつと音を立てながら共食いを続けているアクロスに一口も手を付けないまま、暗い顔で番茶をすすった。このところ、グループ全体の方針が拡大路線でずっと続いている。グループの理想に共鳴してついてきてくれる従業員が増えるのを養っていくには、グループ全体が強く、大きくあらねばならない。だが組織が大きくなればなるほど、そこに生まれる悪もまた大きく育っていく。そして内部ばかりではない、腐肉にたかる蝿のような、多くの忌まわしいものが集まってもくる。件の謎の出資者も、もしかすればその類の存在かもしれない。

ダエーバイトにしても、かつてはもしかすると彼らなりの義を掲げ、自分と同じように理想のために民を束ねて立ち、そして様々なものに纏い付かれて腐っていったとすれば……イオンは、自分は彼らのように決してならないということを固く心に誓ってはいたが、イオン自身は変わらずともその率いる集団と教えがどのように変質していくのか。最近はそればかりがずっと気がかりだった。

このごろになって自分の見えないところでいざこざや、暴力があったという話も度々聞くようになった。
その都度自分が行って改めさせてはきたものの、収まるのはその時のみですぐに別の場所で再発する。
いかに良い環境を用意しても人が人である限りこうしたことが変わらないとすれば、あと自分にできることは。

「あなた、大丈夫?」

「え?ああ、平気ですよ。ちょっと疲れていて」

「……平気なものですか、そんな顔をして」

「……うん」

椅子から立ったロヴァタールはうなだれるイオンを包むようにして抱擁する。
ロヴァタールの胸に、イオンはそっと頬を寄せた。だがそこに激しい情熱はなかった。
そこにイオンはただ、暖かさを見出していた。

「ロヴァタール、いや、ガラにもなく不安になってね。私がいなくなったときのことを考えて……」

そう言った瞬間、ロヴァタールの体が少しく震えた。

「あなたがいなくなったあと?なんでそんなことを?」

「魂の抜けた脳は、物質としてそこにあっても、肉体を維持してはおけない。主を失った羊の群れのように千々に裂かれていく。イオングループとナラカ達も同様だ、私達首脳陣が何らかの原因で機能不全に陥った場合、私達に壊疽が始まる」

「そんな」

「私はね、十年先、とんで一万年先まで続くグループであってほしいんです。
僕たちがいなくなったあともナラカ達が心正しく、強く生きていける場であってほしい」

「そんなの当たり前じゃないですか、私達はみんな常にあなたと共にあります」

「……そうだね」

ロヴァタールには、今しか見えていない。リーダーとしての資質に申し分なく、極めて有能ではあるものの、全体を俯瞰する目がない。もしその目があれば、外に目を向けるより組織内部の異変に気づいているはずだ。経営者として最も大切なのはそこだ。ダエ―バイトではそんな目がなくとも社畜達が死にものぐるいで働き、組織に生じたひび割れを無理くりにでもごまかしてくれただろうが、だがイオン・グループに社畜はいない。社員の一人ひとりがそれぞれの飢えを埋め合い、さらなる高み、ステップアップを目指す。それが社訓だ。

それ故に、協調・調和が一度崩れれば共食いと殺戮が始まる。イオンにはそれが気がかりでならなかった。

「どうしたのあなた?」

「いや、なんでもないよ。いい加減に食べよう。味噌汁も冷めてしまったね。温め直してきます」

イオンはそう言って立ち上がる。イオンから名残惜しそうに体を離したロヴァタールの顔には不安の影が漂っていたが、汁椀を手に戻ってきたイオンの微笑みを見ると自然にその表情も柔らかいものになる。

「さあ、明日もがんばりましょう」

「ええ、いただきます」

静かな微笑みの裏に言いしれない不安を隠しながら、夫婦二人の夜は更けていく。
ただ新築のキラークのみが、そんな二人の様子をヤキモキしながら見守っているのであった。


しとしとと雨の降る朝、ロヴァタールを引き剥がして風呂に入れ、その間に朝食を作ってかんたんに身支度。風呂から上がってきたロヴァタールの髪をブローし、彼女が食卓についたのを見計らってから着替えをして出社だ。ロヴァタールは何から何までお手伝いさんにやらせていたから、イオンがその辺りを手伝ってやらなければ素っ裸のまま会社に行きかねない。最近そんなロヴァタールも、イオンのネクタイを直してくれるくらいのことはしてくれるようになった。かつてを知るイオンにとって、それは偉大なる進歩だった。

ビジネスバッグを片手に厩舎に待たせている小型の騎獣にまたがると、レインコートをまとったイオンは小雨の中風を切って本社に向かう。本社までは15 分ほどだ。バイクほどの速度が出せるこの暗い色の外皮を纏った騎獣は、Witch Houndという商標で販売を始めたばかりだ。売れ行きはまあ、そこそこである。

本社社屋は、やはり黒い尖塔がいくつも突き出たカルマクタマ風のデザインであり、社屋屋上にある空調の排気口からは黄色いガスを吹き上げている。これはウロビリンという色素が含まれているからなのだが、公言はされていない。ウロビリンは社屋キラークの腎臓から出る代謝物であり……尿の黄色なのだ。

本社社屋キラークは44階建の高層キラークであり、ロヴァタールの社長室は最上階にある。イオンのオフィスのあるのは一階だ。社員たちと触れ合う機会を増やそうという意図もあったし、ただ一人高みにあってその他のものを見下ろすというのがイオンの趣味ではなかったというのもあった。また、もし暴漢が押し入ってもイオン相手に何をできるわけでもない。

イオンは騎獣を厩舎番に預けて、社の正面玄関をくぐった。広めのエントランスの中央にある受付の女性社員に軽く会釈し、おはようございますと声をかける。すると、女性社員は驚愕しつつペコペコとお辞儀を返した。店舗勤務が続いたせいで、イオンがここに来るのも本当に久しぶりのことだった。

「おはようございます!会長!ご無沙汰をしております」

「ヴィエクダさん、こちらこそなかなか顔を出せずごめんなさい。ここの所なにか変わったことはありましたか?」

「万事順調です。ほんしゃ君もそろそろ45階に成長しそうです」

「ああ、我が子の成長というのはいつでも喜ばしいですね」

「ええ!食べさせる廃棄のお惣菜が増えてからどんどんと……あっ」

ヴィエクダが口を滑らせる。そう、経営拡大に伴い色々と無理をしているせいで各店舗における不良品金額が増大しているのだ。その処分先の一つが、本社社屋キラーク「ほんしゃ君」の食事へ供することなのであった。不良品というものは、増えれば増えるほどに経営を圧迫する。脳に出来た醜い腫瘍が、頭蓋の容量を徐々に奪うように。

「ああ……」

「その……すみません。無神経でした」

「いいんです。これは我々経営陣の至らなさのためだ……」

イオンが伏し目がちにつぶやくのを目にし、ヴィエクダがあまりの痛ましさに肩を落とす。近くに飛び出している腫瘍の塊から、ほんしゃ君のため息が漏れた。

「申し訳ありません、会長。私のような穀潰しのせいで」

「ほんしゃ君のせいではありませんよ!いつも社員の皆のためによく尽くしてくれ、感謝の念に堪えません」

「ああ……恐れ入ります」

ほんしゃ君は、その全身を震わせながらイオンに謝罪する。姿見ほどの大きさのある黄色い膿のような腫瘍結節から、いつの間にかその顔が浮き出てきていた。このキラークのコアであるほんしゃ君は冷暖房から扉の開閉までを全て一手に管理している。過度な残業をしそうになっている社員がいれば、ほんしゃ君が追い出して帰宅させる。働き者の彼は社員皆から愛されている。さて、とイオンはヴィエクダへ微笑みかける。

「それでは私のデスクに今月の各店の損益計算書と貸借対照表、経費報告書をそれぞれ送るように担当者に指示を。あと午前中にも『大使』を名乗る来客がある予定ですから、来たらお通ししてください」

「かしこまりました!」

ヴィエクダは一礼して内線を各部署へかけ始める。それを見届けてイオンは昔から使っている事務机にたどり着くと荷物をおろして椅子に腰掛けた。ただの椅子ではない。肉色のその椅子は肉の大いなる御業により、すべての上位社員たちの感覚器へとつながる通信端末となっている。これを用いることでノータイムで社員ミーティングが可能。瞬時にして社内の様々な問題や要望ががイオンの脳へと届けられるのだ。

店舗内での社員対立の発生、社員の配置換え。商品仕入れのバランス悪化と不良品の増大、発注担当に指導を指示。社内シャトルベヒモスからの休暇申請、代替交通手段の手配、高速移動用の肉体変性術のマニュアルの提供。店員の態度が悪いという顧客クレーム、該当従業員へイオン直々のテレパシー厳重注意とアディトゥム本店実施の研修送り。商品への人差し指混入クレーム、生産工場でのチェック体制の強化と「工場内では人差し指は2本まで」ルールの徹底及び謝罪文付き菓子折りをお客様への送付。

伝達と注意自体は15分以内で完了する。ただこれはそのままだと自身の脳の処理能力を圧迫する。脳の構造を少々組み換える必要があるため、やや疲労を伴う業務だった。

そうこうしているうちに経営書類一式が手元に届き、それに目を通す……時間がかかるのですっと目玉を十数個ほどに増やしてから。これによると国内の610店舗からはまあまあそこそこに利益が出ているのがイオンには分かった。だが、前年との売上比をみると決して状況は芳しくはなかった。固定費を削らねばならない。すなわちそれは人件費のカットだ。選択肢は社員のリストラ、もしくはイオンがもっと同位体を増やすか、あるいは業績の良くない店舗の閉店だ。

判断は保留する。

ふうとため息を付きながら目を2つくらいに戻す。イオンがそうしていると、部屋の外を女性社員たちが楽しげに語らいながら通り過ぎていく。時計を見れば、すでに昼近くである。社員たちは外にランチをとりに行くところであるらしい。社内食堂もあるが、いつも肉では飽きるというものだろう。たまにはサブウェイとかで野菜たっぷりのサンドイッチでも食べるのがいいのだ、とイオンはやや自虐的に微笑む。

そこでふと、来客のことに思い至る。そろそろ来なければ、いよいよおかしい。だが、わざと遅刻してこちらの反応を見る人間もいるにはいる。

(もうしばらく待ってみようか……)

かばんから水筒を取り出し、ロヴァタールが入れてくれた茶を一口すする。イオンが淹れたものを、水筒に移し入れてくれたものだ。なんと愛らしいことだろうか!とイオンは少しく頬をほころばせる。こういうお手伝いが増えてきて、まさしく感無量だった。彼女は進歩している。進歩しているのだ。

水筒の蓋を締めたところで、けたたましく内線が鳴る。受付からだ。受話器を取り上げると、ヴィエクダが落ち着いた調子で来客を告げた。

「会長、副社長がおいでになりました。アポイントはあるということですが、お通ししてもよろしいですか?」

「うん?ナドックスが?アポは……ないんだけど」

「さ、さようで?」

「いや、まあいいけれど。何かの勘違いだと思うけど、とりあえず通してあげてください」

「ええ、かしこまりました」

てっきり例の客かと思っていたイオンは拍子抜けする。先程社員ミーティングで新しい広告形態についての報告を彼から受けたばかりだった。それに使うという小型装置の設計図が送られてきていた。それをもとにイオンが手慰みにリハクタァクでその装置を組み上げたのだが、人の脳・甲虫の羽・呪術的構造をした骨格を持ったそれは対象の思考に自社製品の広告をテレパシー送信してくるものであった。少し扱いを間違えて、脳を破壊されるレベルのテレパシー強度を持たせてしまったため、どうしようか?と相談をしたいところではあったのだが。

イオンがそんなことを思案している間に、ナドックスが会長室のドアを開ける。

「イオン会長、おはようございます。お呼びに応じ参上いたしました」

ぴしりとスーツを着こなし、しかし頭に細かな紋様が描かれた布を厚く幾重にも巻くという奇妙な出で立ちである。背中から生えた無数の手のうちの二本の掌にある、思慮深そうな光を湛えた目がイオンの方を見つめている。普段どおりの彼であったが、彼に似つかわしくない奇妙な言動にイオンは面食らった。

「いいえ、呼んでいませんよ。なにかこう、連絡の行き違いがあったんでしょうか」

「なんですと?いえ、さきほどご連絡をいただいて……あなたさまの声で」

「ナドックス」

イオンが椅子から立ち上がる。

「ロヴァタールから今日の来客について聞いてますか?」

「……なにか妙なことをおっしゃられていましたね。『大使』とか」

「嫌な予感がします、あなたは今日これから何をする予定でしたか?」

「……午前中は公正取引委員会の調査に関する事前準備、これからですと完成直前を控えての視察です。イオン・モール・アディトウムの」

「イオン・モールには今誰が?」

「テナントに入る予定のオーナー、設備関連の施工業者、あとはグループの社員がいくらかです」

「……!」

次の瞬間にはイオンが全身を泡立たせ、苦悶の声を上げる。どたりと前向きに倒れ、机の天板に手をつく。その様子に、ナドックスがイオンのもとに駆け寄る。

「会長」

「……イオンモール・キラークに私の複製が送ろうとしましたが、だめでした。そこにいる社員へコンタクトも取れません」

「そんな、まさか」

「そういうことでしょう、ワナです。オロクは出張、サァルンは夜勤明け、ロヴァタールも本社、私とあなたはここに呼び寄せられた」

「イオンモールをどうにかする気ということは……やはり、ダエーワが!?」

「ともかく我らでモールに急ぎ……」

「か、会長!大変です!」

イオンを遮って、ヴィエクダが会長室に飛び込んでくる。手には、スマホが握られなにかの動画が再生されている。

「どうした!」

「ああ、ああ、ナドックス副社長!イオン・モールが、イオン・モール・アディトウムが立ちました!」

「なにを」

イオンがヴィエクダのスマホ……メカニトのロゴが入っている最新モデルの大画面をみると、空撮らしい映像が映し出されており、その中では巨人のようななにかが瓦礫を体から撒き散らしながら一歩また一歩と前に歩きだしていた。その頭部には。

「う、うちのロゴだ……」

「会長!これ、イオン・モールです!イオンモール・キラークが人型に変形してここに向かってます!」

「馬鹿な!何を言っているんだ君は!」

ナドックスがスマホを奪い取ると、音量を最大にする。ヘリで上空からその様子を撮影しながら、リポーターが状況を伝えていた。

『建設が進んでいたイオン・モールが!突然あのように立ち上がり、市の中央に向かって歩きはじめました!』

「なんでですか!?」

イオンが画面に向かって思わず叫んだ。

「ありえませんよ!あのキラークはそんな構造じゃない!分厚い基盤の上に建物を載せて……ありえないくらい強大なリハクタァクで操作しない限りああはならない!」

ナドックスの掌が瞠目し、全従業員に念波を用いて連絡し始める。

「会長!数名の部長、係長級の社員と連絡が取れません。内通者か、それとも人質か……」

ナドックスが低く呻くのと同時、スマホの中のリポーターがまた叫んだ。

『巨人の頭部に、人影が見えます!白衣の男性が……』

ズームした映像の中の人物は、たしかに白衣をまとい、明らかにニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「あ!この人スキップソンの!」

「く、クローネンバーグ営業部長博士!?」

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