鉤爪と浮かぶ飛行島

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ヨーホー ヨーホー ヨーホーホー

コルセアが一人、板から跳んだ
両手いっぱいに花火を持って、跳んでった

ヨーホー ヨーホー ヨーホーホー

バッカニアが一人、板から跳んだ
火薬樽を大事に大事に抱えて、跳んでった

ヨーホー ヨーホー ヨーホーホー

パイレートが一人、板から跳んだ
油漬けのイワシを四匹咥えて、跳んでった

財団所属 FS120船団(富士発→シャスタ行)
──喪失

GOC所属 重原子力ミサイル巡洋艦 ツィルニトラ
──喪失

東弊重工所属 回収資源再生船 えくすぷろーら丸
──喪失

──喪失

──喪失

 港から送り出され、ついに帰ってくることがなかった船のリストを思い浮かべる。喪失船舶のリストには、新たに5隻の名前が記録されることだろう。

 「コルセア、バッカニア、スカイパイレート、おまけにプライヴァティア……なんだよ、海賊のくせにお高くとまりやがってよお、くそっ」

 海面に浮かんだ残骸にしがみつき、飛田範久“元”艦長はぼやいた。自分が指揮していたはずのフリゲートはすでに波間に消えて、残骸と油の膜だけがかつての存在の証拠として海上に漂っている。上空には、死体を漁るハゲタカのような航空機の群れが銀翼を翻して飛び回っていた。
 船と運命を供にするか、再起を図って退艦するか。戦記系統の読み物のような格好をつけた判断をする余裕など無かった。立て続けに4本の魚雷が命中し切断された艦は瞬く間に海に呑み込まれ、ブリッジにいた飛田は総員退去を命じる暇もなく大海原へと放り出された。
 頭上の敵機が、追い打ちに海面を銃撃してこないのは唯一の救いではあった。

 「ハデにやられましたね。全滅、全滅ですよ、これ」

 飛田がしがみついている残骸に、新たに一人、遭難者が加わった。オレンジ色の救命胴衣には、特徴的なロゴが印刷されていた。

 「そのロゴマークは、東弊重工か」

 「子会社の東弊汽船、自動車運搬船“ろーろー丸”の甲板員、神戸里亜です。そちらは?」

 「フリゲート“こがらし”艦長の飛田だ。それで、 乗っていた船は?聞くまでもないか……」

 「アレです、海の上で寝転んでる、アレ。外に出る前に突然、どかん!ぐらり!ときまして」

 彼女が指をさす先には、横倒しとなった自動車運搬船が赤い船腹を見せていた。他の船も惨憺たる有様で、完全に転覆しているものや船体が真っ二つに切断されたもの、船体を炎に舐められ続けているものまであった。

 「ウチやオタクだけじゃなく、みんな仲良く損失計上ってわけですね」

 周囲ではいまだに爆発音や鋼鉄が発する悲鳴が聞こえてくるが、彼女はからからと笑った。油と煤に塗れた顔に浮かぶ笑みと、そこに覗く奇妙なほど白い歯が歪なコントラストを醸し出していた。その笑みが並外れた胆力から来るものか、はたまた恐怖からの現実逃避なのか、飛田には判断つきかねた。
 時折、憐れな敗残兵たちを脅かすようにコルセアが頭上を掠めて飛んでいくが、神戸の方はそれに悪態をつきながら中指を立てて応えてみせた。
 ああ、こいつは無鉄砲なだけだ──飛田は慌てて彼女の襟首を引っ掴み、残骸の陰に引き寄せた。

 「なにやってんだ。機銃でも叩き込まれたら二人ともお陀仏だぞ」

 「もしも時は私の方が泳いで囮になりますのでご心配なく」

 「なんだってんだ。この状況で肝が太すぎる」

 「そうですね。あの日を生き残っていれば、嫌でも肝は太くなりますよ」

 あの日──西暦2020年に突如発生した破滅的な海面上昇によって、文明社会の大半が海の底へと沈んでしまった。
 喧噪溢れる摩天楼も、時代に取り残されたような寒村も、富める者も、貧しい者も、海はあらゆるものを分け隔てなく海は包み込んだ。
 人類は、母なる海によって大地を召し上げられ、お情けのように残された陸地に肩を寄せ合わざるを得なくなったのだ。好むと好まざるにかかわらず、助け合わなければ生きていけない環境へと皆追いやられてしまった。
 混じり合い、溶け合いそうなほどの蒼い空と碧い海。見渡すかぎりの大海原は、あらゆる希望を呑み込んでしまう怪物そのものだった。

ヨーホー ヨーホー ヨーホーホー

デイヴィ・ジョーンズの悲鳴が聞こえるかい
監獄をこじ開けて入ったら、来ないでくれって言ったのさ

ヨーホー ヨーホー ヨーホーホー

デイヴィ・ジョーンズがどこに行ったか知らないかい
逃げても隠れても無駄だって、だれも教えてやらなかったのかい

ヨーホー ヨーホー ヨーホーホー

デイヴィ・ジョーンズ、会いたかったぞデイヴィ・ジョーンズ
お前に帰る場所はない、お前は海にでるしかない、お前の旅に終わりはない

 辛うじて浮かんでいた船が一隻、また一隻と沈んでいく様を看取りながら海を漂っていると、頭上の飛行機はいつの間にか飛び去っており、入れ替わるようにして小型艇の群れが我が物顔で徘徊し始めていた。機関銃を山のように積んだ剣呑な機動砲艇や、その御供のように動き回るゴムとプラスチックの複合艇。
 小型艇の乗員達は、陽気に歌いながら海面で漂流している遭難者たちを拾い集めていく。  中には逃げようとしたり抵抗する者もいたが、そういった手合いはオールで叩きのめされた後に引き上げられた。その様子を見ていた二人は、抵抗せずに引き上げられることにした。

 「ここは大人しくして、がっつり捕虜としての権利を主張しておきましょう」

 「さっきから本当にたくましいな、あんた」

 二人は小型艇の一群の中でも大型の機動砲艇に引き上げられた。甲板へと手心無く投げ出され、乱雑に毛布を掛けられた。飛田には非難の声を上げる余力は無かったが、神戸の方はぶつぶつと文句を垂れ流していた。
 毛布に包まった飛田が周囲を見渡すと、ほとんどの小型艇は早くも溺者救助を切り上げていた。二人を拾い上げた艇が最後まで現場に居残っていたようだったが、程なくしてエンジンの轟音を上げながら他の艇に追随した。
 つまり、この海域には救い上げる必要のある者がいなくなった、ということだ。
 一列の隊伍を組んだ小船団は、海上の虐殺現場からみるみるうちに離れていく。後ろを振り返れば、惨劇の現場は水平線の彼方へとあっという間に沈んでしまっていた。

 「空しいよなぁ。必死こいて集めた船を、こうもあっさり沈められちゃあな……」

 「船はまた造りますよ、船は、ね」

 「そうだな。船は、な」

 その後、どれくらい移動したのだろうか。距離の目安となるような物は海上に無く、腕時計は海に放り出された際にどこかにぶつけたのだろう、風防ガラスと文字盤がひび割れて止まっていた。神戸の方も時計の類は海への捧げ物になったようだが、「水揚げされてから体内時計で75分と22秒」と大真面目な顔で嘯いた。
 やがて、海しか見えない単調な航海は、重低音の汽笛によって終わりを告げた。増え続ける汽笛の合唱と共に、錚々たる面子が虜囚となった人々を出迎えた。

ジャン・バール、スルクフ、デュゲイ・トルーアン
──フランスの名立たる私掠船長達

バルバロス・ハイレッディン、バルバロス・オルチ
──地中海でその名を轟かせたバルバロッサ兄弟

ドレイク、シュテルテベイカー、リューリク
──伝説に彩られた海の古強者たち
 
 それらから名前を受け継いだ艦船を中心に、目視できる範囲だけでも大小20隻余りがたむろしている。それぞれ、現役だった年代も、所属していた国家も、艦種もちぐはぐな寄せ集めではあった。ただ、旗竿に掲げた“髑髏と交差したカルバリン砲”を象った黒い旗だけは共通していた。

 「戦艦までいるぞ!何が単独か数隻程度だよ、情報部門の奴ら帰ったらしばき倒してやる!」

 「帰れますかね?ね?ね?」

 「そうなるように神様にでも祈っとけよ」

 「こんな世の中、神も仏もありゃしませんよ」

 「……やかましいわ」

 「そんなに分かりやすく落ち込むのやめてくださいよ」

 捕虜を乗せた小型艇の一団は、艨艟達の間隙をすり抜けて一隻の船に集まった。巨大な白い船体のそれは、海軍で奉公していた艦艇がひしめくこの海域では場違いな存在に映った。

 「あれは、たしか如来観光のクルーズ客船、“シャマタ”じゃないか。生き残っていたのか、あのデカブツ」

 クルーズ客船には順番に小型艇が接近し、救命艇の揚卸装置を改造したらしいリフトで捕虜を船内へと送り込んでいった。ここでも、抵抗する素振りを見せる者は、銃口で小突かれたり、銃床で殴られて大人しくなった。

 「あの船、アッチ側に取り入った、ってことですかね?」

 「いや……ありゃ、たぶん、監獄船として連れ回されてるんだ」

 戦史上、拿捕した船を補給や捕虜の収容のために連れ回すことは珍しくない。おそらく、如来観光のクルーズ船も襲撃されはしたが、多数の人間を詰め込むのに都合が良かったため沈められずに利用されたのだろう。
 とりあえず、このまま海に捨てられて魚の餌になることは無いと分かったが、船内でどのような扱いを受けるのかは皆目見当もつかなかった。少なくとも、優雅な船旅にはならないだろうことは容易に予想できた。

 「お前達が行くのは、あっちの船じゃないぞ」

 クルーズ船を見つめていた飛田と神戸は、顔を見合わせて後ろを振り返った。
 乗っている機動砲艇の最も大きな機関砲座の上から、筋骨隆々とした大男──スカイライツと名乗った──が二人を見下ろしていた。

 「お前たちが行くのはあの船じゃない。船長が、お前たちに用事がある……あー正確にはそっちの旦那だけだ。嬢ちゃんはオマケ」

 「おい、こら、私は食玩のラムネですか」

 「ショクガン?なんじゃそりゃ」

 飛田の方は戸惑っていた。目の前で繰り広げられている小芝居にではなく、その会話に感じた違和感に対して。違和感を確信に変えるために、飛田は会話に割り込むことにした。

 「なぁ、その船長ってのはどの船の船長だ?」

 「ちょっと、人の会話遮るなって先生に教わりませんでした!?」

 「俺は素行不良でな。で、どの船だ?やっぱり戦艦なのか?」

 「オーゥ、そんな小物じゃないぞ。“ジョリー・ロジャー”だ、我らが旗艦“ジョリー・ロジャー”!」

 男が指し示した先には、前後に二つの艦橋を持つ航空母艦が待ち構えていた。この海域に集まっている中では、飛び抜けて新しい型の船だった。
 
 「クイーン・エリザベスか……私掠船の超有名スポンサーが艦隊のエアカバー担当ってのは妙な感じがするな」

 「違いない!……ってそっちの船じゃねぇよ」

 会話を続ける中、飛田は相手の顔をずっと観察して違和感の正体に気が付いた。耳で聞き取れる音と口の動きが一致していないのだ。聞こえてくるのは日本語だが、口の動きを見るとどうやら別の言語らしく、まるで吹替えられた映画でも観ているかのようだった。
 彼は、自分の五感が狂っていないか確認するために、隣で不貞腐れている神戸を肘で小突いて耳打ちした。

 「おい、あの男、何語で喋ってる?」

 「え?いまさら聞きますか、それ」

 「どうなんだよ」

 「あーそうですね。日本語、オ上手デスネ、あの人。日本人っぽくはないけど」

 飛田は安堵した。少なくとも、もう一人、自分と同じように会話を聞き取れることが分かったからだ。──若干の不安は覚えたままではあるが。

 「そうか。あんたも日本語に聞こえるのか……まぁ、話ができるだけめっけもんかな」

 「あの人の言う、船長サンも日本語を話せるんですかね?」

 「“日本語を”話しているのかはともかく、会話は通じるだろうな。駆け引きができる余地があるかまでは、分からない、全くな」

 釈然としない顔をしている神戸だったが、二人の会話は先ほどの大男によって中断された。大男のスカイライツの両手にはごついリボルバーが握られ、銃口はそれぞれ飛田と神戸に向けられていた。

 「着いたぞ、濡れネズミども。船長がお待ちかねだぜ」

 二人を乗せた小型艇は、航空母艦ではなくその左舷側に漂う奇妙な小舟に横付けした。見かけは、如来観光のクルーズ船以上にこの場に不釣り合いだった。板のような平底船の上には箱型の構造物が鎮座し、さらにその上に申し訳程度の操舵室が乗っていた。乾舷などは、乗ってきた機動砲艇よりもやや低いくらいだった。
 飛田はあまりの小舟ぶりに当惑した。神戸の方はというと、船縁から海中を凝視していたが、後ろから突きつけられる銃口に急かされて、“ジョリー・ロジャー”と呼ばれた小舟に乗り移った。
 小舟の狭い通路に立つ歩哨がドアを開ける直前、二人は後ろに控えるスカイライツから話しかけられた。

 「お節介にひとつアドバイスをしておいてやるよ。もう少し人生を楽しみたいなら、船長の靴にキスでもしとくんだな!」

 「ご忠告、ありがたく受け取っておくよ」

 「ハハン、早死にしたけりゃ無視してもいいぞ」

 意地の悪い笑みを浮かべたスカイライツは、拳銃を二人の背中に押し当てたまま、中へ入れと促した。

 「船長、スカイライツです。指示のあった船の生存者、お連れしました」

 小船の中は薄暗く、僅かな光源しかなかったが、古い軍艦の公室と見紛うばかりの整った造りになっていた。
 部屋の中央には海図──と言ってもほとんど青色の──を広げた巨大なプロットテーブルがぼんやりと光を放ち、飛行服を着た雑多な人種の集まりがテーブル両脇の席を埋めていた。
 船室の、おそらく船尾側には重厚な執務机が鎮座しており、その背後の壁面に他の艦船も掲げていた“髑髏と交差したカルバリン砲”の旗が暗い照明の下で浮かび上がっていた。旗には“Republic of Pirates”と白抜きで染められているのが辛うじて読み取れた。
 
 「……スカイライツ、客人に銃を突きつけたまま入ってくるとは、どうしたことだ」
 
 底冷えがしそうなほどの、冷淡で抑揚のない声が小さな部屋の中に響いた。
 執務机から聞こえてくる声に、スカイライツは息を呑み、額に汗の玉を浮かせた。大げさなほど震えながら手に握っている拳銃をホルスターに収め、直立不動の姿勢でガチガチと歯を鳴らしている。先ほどまでの不遜な態度からは信じられない変わり様だった。

 「いえ、これは、どうも、抵抗を、されては、いけないと思い……はい」
 
 「よくない、実によくない。礼儀がなっていないぞ、スカイライツ」

 声の主は、二又に分かれたパイプを咥え、その先端に挿し込んだ葉巻をくゆらせていた。吐き出される煙と暗い室内のためにその顔ははっきりと見えないが、薄い紫の煙越しに赤黒い双眸がはっきり浮かび上がっていた。

 「不作法だぞ、スカイライツ……スカイライツ、スカイライツ、スカイライツ!」
 
 哀れなほど青ざめたスカイライツを責め立てるのと合わせるように、何か硬い物が執務机の天板に叩きつけられる音がした。その音が聞こえる度に、スカイライツだけではなく飛行服姿の連中も肩を跳ね上げた。

 「いけませんな、船長。客人を立たせたままじゃありませんか。それも、よくはありませんな」

 執務机のやや後方には、てっぺんにボールのような装飾をつけた水兵帽を被り、丸眼鏡を掛けた初老の男が控えていた。その人物のご注進で、机を叩く音はようく途切れた。

 「もっともだな、スミー……おい、なにを突っ立っていやがる、早く持ち場に戻らねぇか、このウスノロ!板を渡るか、船底を潜るか、どっちが望みだ!」

 「失礼、いたします、船長……」

 スカイライツは、ぎこちない動きで逃げるように部屋から出て行った。
 静まり返った部屋の中で、時計が刻むチクタク、チクタク、という音が妙に大きく聞こえた。

 「不躾なことで大変失礼した。よおく言い聞かせておくので、平にご容赦を」

 革張りのオフィスチェアに座していた“船長”が立ち上がり、二人の元へと歩いてきた。暗がりから照明の下へと出てきたことで、ようやく船長の姿が明瞭になった。
 白い立て襟の軍服と揃いの色の軍帽。軍服の左胸にはその経歴と顕彰を示すように色とりどりの略綬が並び、肩章の三ッ星は彼が相応の地位にあることを窺わせた。
 柔和な表情をした“船長”は、勿忘草のような青い目で飛田と神戸を見据え、握手を求めるように右手を差し出した。だが、二人とも右手を重ねようとはしない。

 「おや、おや。君たちの文化圏にも握手という習慣はあるはずなのだが」

 初対面で、その右手を躊躇なく握ろうとする者はいないだろう。“船長”の右手は、周囲が映り込むほど磨き抜かれた鉤爪だったのだから。
 躊躇う二人の様子を見て口の端を僅かに吊り上げた“船長”は、これ見よがしに鉤爪を左右に揺らした。

 「おお、これは失礼した、ご両名。“これ”になる前の癖が抜けなくてね、悪く思わないでくれ給えよ……スミー、お二人に椅子を引いて差し上げろ」

 「今のは船長の軽い冗談ですよ。ご心配なさらず。ささ、お掛けになって」

 促されるままに二人は椅子へ腰掛けたが、スミーは後ろに立ったまま元の位置には戻らなかった。
 飛田が後ろをちらりと振り返ると、スミーは腰のベルトにぶら提げた短剣を鞘から少し引き抜いて白刃をチラつかせた。

 「余所見は感心しませんぜ、旦那……そこなお嬢さんも、他人の軽食を盗って食べないように」

 「だって、本物のハムと玉子のサンドイッチなんて、我慢するほうが無理」

 飛田が横を見ると、神戸は手近にあった皿を引き寄せて乗っていたサンドイッチを頬張っていた。あまりの図々しさに、本来の持ち主であろう飛行服姿の男は「それ、俺の……」と漏らして呆然と見つめていた。
 ここまで来ると大物だなと飛田は思いつつ、“船長”へ目をやった。先方の機嫌を損ねるようであれば、このまま二人まとめて始末される可能性もあった。
 だが、“船長”のほうは、それを咎めるでもなくにこやかな表情を維持していた。

 「お代わりが欲しければ、遠慮なく給仕に申し付けてくれ。飛田君もどうかね。合成食糧ばかりでは気も滅入るだろう。ここで少しぐらい贅沢したってバレはしないさ」

 確かに、世界のほとんどが海に没してからは、それ以前にあった食べ物を口にする機会は極端に減り、最近は生き残ったプラントで生産される合成食糧が主食だった。乗組員達にどうやって飽きさせない様に提供するかは、指揮官クラスや厨房係の最重要課題として頭を悩ませていた。
 食卓事情についての話をされるとは思わず多少面食らった飛田だったが、さらりと名前を呼ばれたことに気づいて嫌な汗が背中を伝った。

 「失礼、まだ自己紹介をさせていただいていなかったかと思いますが」

 「知らなければ、ここに連れてくることもできんだろうに。“こがらし”艦長、そしてQ部隊次席指揮官の飛田範久君」

 相手はどこまで知っているのか。飛田の顔の肉はみるみるうちに強張っていった。“船長”は飛田の表情を気にすることもなく、鉤爪をクロスで磨きながら話を続けた。

 「さて、前菜は充分に堪能させていただいた。そろそろメイン・ディッシュの頃合いかと思うが、シェフの気まぐれは好みではなくてね。是非ともメニューの内容を伺いたい」

 「お話の意味を理解いたしかねますが」

 「おや、おや、もう少しユーモアがあっても良いと思うがね」

 つまらない奴とでも言いたげに、“船長”は鉤爪で顎を軽く掻いた。周りにいる飛行服の連中も呆れたように首を振ったり「あいつ死にたいらしい」「マスト追い上げか大砲ぶっぱなしだな」と小声で耳打ちをしあっている。

 「では単刀直入に聞こう。諸君ら囮のQ部隊の後続となる、攻撃主力R部隊の編成について回答願いたい」

 飛田は思わず天井を仰いだ。
 頻発する海上での襲撃に対して、貴重な船を囮にしてでも敵を撃滅、シーレーンの安全を回復する事が今回の作戦目的だった。本来であれば囮部隊が敵を誘導、拘引してから本隊が攻撃する手筈になっていたが、作戦は敵が単独または数隻程度であるとの推測に基づいて立案されていた。
 蓋を開けてみれば敵は戦艦や空母を含む大部隊、こちらの作戦についても先刻承知ときている。情報収集の手段などに諸々の限界があったとは言え、作戦は開始する前から失敗していたも同然だった。

 「まぁ、君にも立場なり責任なりがあって答え辛かろう。そこでひとつ、バーターといこう」

 “船長”は、鉤爪で窓の外を見るよう指し示した。
 窓から見える景色の先には、白いクルーズ船が浮かんでいた。

 「君が職務に忠実になってだんまり決め込むのなら、それでも良い。その対価は我々が道楽で拾い上げた124人を鮫の餌にすることだ」

 「それは……」

 「始末の手間なら気にしなくても結構。二人一組を縄で結わえて海に落とせば弾薬も消費しないから実に経済的だ」

 目の前の鉤爪男は、脅しではなく本気で捕虜を皆殺しにしかねないと飛田は感じた。非道云々ではなく、ただでさえ限られた食糧や資源を消費する捕虜は、今の世界において重荷以外の何物でもない。それをわざわざ拾い上げるのは、まさしく道楽だ。
 事実、飛田の属するコミュニティでも、受け入れる生存者の選別が行われる事は暗黙の了解として共有されていた。養える人間の数は無限ではない。
 だが、今回捕虜となっているのは、財団やその他の組織にとっても“有用な人材”だ。質問への回答を拒んで無為に虐殺されるのは損失でしかない。
 飛田は、生き残る確率を少しでも増やすため質問に答える決心をした──たとえ救助の見込みが立たないにしても。

 「分かりました。お答えします」

 「賢明な御判断」そう満足そうに頷いた“船長”は、手を差し出して続きを促した。

 「R部隊の編成については、本職に伝達されていません。艦種、隻数ともに一切不明です」

 部屋の中は再び静まり返った。
 目を閉じた“船長”は二又の葉巻パイプ吸い、煙をゆっくりと吐き出した。それは、失望の溜息にも思えた。再び瞼を持ち上げた時、その瞳は赤黒く染まっていた。

 「そうか、それが答えか。おい、スミーよ」

 「アイ・アイ・キャプテン」

 スカイライツを責め立てた時のような、抑揚のない声が再び部屋に響く。
 ずっと後ろに控えていた男が“船長”の言葉に応じて動いた。先ほど見せつけられた短剣が頭を過り、冷たい白刃が背中から挿し込まれる事を覚悟した。
 ふいに、隣の席からテーブルに何かが叩きつけられる音が聞こえ、飛田は恐る恐る顔を横に向けた。隣に座っていた神戸がテーブルに突っ伏し、右手で脇腹を押さえている。スミーの持つ短剣の刃には赤い粘りのある液体が伝っていた。
 弾かれたように飛田が立ち上がろうとすると、短剣の刃が目の前を遮った。

 「おい、おいっ!質問には、答えただろうが!」

 「いきり立つなマヌケ。生憎と自白剤の類は品切れでね。余計な手間を掛けさせないでくれると助かる」

 「知らない、知らないんだ!教えられていないものは、答えようがないだろう!」

 「スミーよ」そう“船長”が呼びかけると、血を拭き取っていない短剣が再び神戸の脇腹に挿し込まれた。突っ伏したままの神戸から、小さな呻きが漏れた。

 「スミーが“栓抜きジョニー”で脇腹をくすぐる技術は一級品でね。おい、最高記録は何回だった?」

 「39回でさ、船長。40回目で天に召されました」

 「だ、そうだ。そこなお嬢さんは叫び声も上げずに見上げた根性だ……君が誠実であれば、2人とも今夜はクルーズ船のスイートでゆっくりと寛げるだろうね」

 商船の甲板員でしかない彼女まで連れてきたのはこのためかと飛田は歯噛みした。
 要注意団体への潜入を任務にするエージェントであれば、いざという時に素面で仲間を見殺しにできるのだろうが、生憎とそのような任務と縁遠い飛田はそこまで仕上がってはいなかった。

 「船団首席指揮官でさえ、編成は知らされていないんだ!どこから情報が漏れるかも分からなかったからな!通達されたのはR部隊を表す符牒の“レゾリューション”だけだ!」

 一気に言葉を吐き出し、飛田は腕を組んで椅子にどかりと座り込んだ。半ばやけっぱちの行動ではあったが、“船長”の方は特に激昂もせず眉を八の字にして肩を竦めていた。

 「……そうか、参ったね。次の一戦でゲームは終わりなのだが」

 「ゲーム?」飛田が意味を理解できずに呟くと、“船長”は向かいの壁を指示した。

 「ダチルガス伯爵やシャーロッテ嬢に撃沈トン数<スコア>で勝利できるかどうか……もし足りないようなら、クルーズ船も爆破して積み増しをしなきゃならんのでね」

 執務机のちょうど正面の壁には黒板が掲げられており、そこにはチョークで描かれた船影とその名前、そしてトン数が記載されていた。黒板中央の線を境に商船と軍艦が分かれているのは、トン数計算の違いによるものだと推測できた。書かれている船名は、ここ数か月で喪失した船舶の一部だった。

 「あーあー、えくすぷろーら丸……やっぱり、ダメだったのか」

 ずっとテーブルに突っ伏して一言も発さなかった神戸が顔を上げて、椅子の背にもたれ掛かっていた。押さえている脇腹からの出血は多くはなさそうだったが、傷の度合いは分らない。

 「こいつの手当をしてやってくれ、頼むよ」

 「平気ですから。なんてことないです」

 「平気ったって……」

 「大丈夫ですから。気にしないでください」

 「だがな」血の滲んだシャツを見れば、到底平気とは思えなかった。

 「問題ありません。支障ありません。対処の必要はありません。無用です」

 彼女は眼球だけをぎょろりと向けて、手を伸ばそうとした飛田を制した。
 飛田は神戸の様子に慄いた。一切の感情が抜け落ちたマネキンのような顔と、機械で継ぎ接ぎしたような歪な声色に。神戸がゆっくりと頭を回す間、飛田を見る眼球は微動だにしなかった。
 横を向いた彼女は、油まみれの海で出会った時のように白い歯を見せて笑った。

 「心配しなくても、お腹一杯食べて、ぐっすり寝て、唾つけとけば直りますから!」

 「なら、いいんだ……いや、良くはないが」

 元の調子に戻ったように振舞う彼女を、飛田は不気味に思ってしまった。今見せている表情も、「笑顔」という皮を張り付けているような気がしてならなかった。

 「本当に、よくできたお人形だよ、お嬢さん」

 パイプをふかしながら、“船長”はそう嘯いた。次の瞬間、丸い皿が彼の右頬を掠めて壁に当たり砕け散った。“船長”は何事も無かったかのように鉤爪でカップを持ち上げてコーヒーを啜ると、砕けた皿の破片をひとつ拾い上げた。

 「困るね。せっかく取り寄せた<略奪した>マイセンの磁器が台無しではないか」

 「骨董品の心配よりも、自分の首の骨が砕ける方を心配したほうが良いですよ、キャァプテェン」

 「よせ!バカ!早まるな!」

 今にも飛び掛かっていきそうな神戸を、飛田は咄嗟に椅子へ押し戻した。何が気に障ったのかよく分からなかったが、これ以上の狼藉を止めなければすぐにでも始末されことは明白だ。その証拠に、飛行服姿の連中も立ち上がり、ホルスターから拳銃を抜いている。

 「飛田サン、飛田サン、離してくださいよ。

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