いくさおわりて(サルベージ)

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るもののない外南洋の水平線……その向こうへと、血塊のように赤黒い夕陽が音もなく沈んでゆく。
私は両足を肩幅に開いて舷門<ガングウェー>脇に立ち、両の手でしっかと手摺を握り、ただそれを眺めるのみ。
振り返れば東の空は紫紺から黒へと色を変えはじめ、物陰に隠れた私自身の手足も闇に溶け込みつつある。
とっくに灯火を点けるべき頃合なのであるが、昔聞いた『潜り屋<シン・ジヴェス>』の忠告がそれを強く押し留めていた。

「お前も船なら解るだろう、光がどんなに有難いものか。天に瞬く星明かり、岸より届く灯明かり!
海上を堂々と行くお前達が欲するものは、その眼下に隠れる潜艦にとって尚一層のものなのだ!
染み入る潮水に耐えて潜航し続け、敵地の只中で無力な獲物を見つけた、そのなんと甘美なことかよ!
だからな『皇帝<アンペール>』、お前が未知の海を行くならば、そん時は蝋燭一本灯してはならず、
真鍮一枚光らせてはいかんのだ!全て鑢れ<ラスプ・ゼモール>、黒く塗れ<ペンテド・バラーク>!」

光りものは心配せずともよいだろう……私は久方ぶりの戦いでひどく傷つき、汚れ、煤けたままである。どことも知れぬ閉海の只中に孤立して補給も修繕も受けることは叶わぬが、期せずして迷彩を纏ったという事実は私にとって数少ない慰めとなった。しかし灯りについては、未だ予断を許さないといったところだ。
防護区画上の構造物と共に灯火類もあらかた破壊されたが、その幾つかは未だ健在。本来なら喜ぶべきことであるが、戦傷によって私の思念線<スィ・フェソー>は外科的に『遮断』、あるいは内科的に『減衰』されている。既に私の手を離れたものは日の明るい内に球を外し(或いは導線を切断し)ておいたが、今無事であるものもいつ繋がりが断たれ、誤動作を起こすかわからない。

「……だから、貴様も灯りを消せ!」

私は擬体<フー・シェール>の首を波と風が流れていく方向――つまりは船尾<スターン>――へ向け、慣れぬ声帯をどうにか動かしできる限り大きな音声を作る。航跡<ウェーキ>の伸びる先に存在するのは、私同様に損傷した一隻の貨物船。
ただし『あれ』は、私より一層劣悪な状態である。
船体は本来暗緑<ダーク・グリーン>一色であったが、破損箇所に雑多な外板を接合<パッチング>したため、カビが生えたような様相を呈している。甲板に立つ揚貨装置<クレーン>は綱索全てが弛みきっており、鈎<フック>は波風に危なっかしく揺られている。
あれこそは擬船<フー・ナビイァ>。思念線を受けて動く私の延長躯体の一つである……あったが、どういうわけか先の戦いの最中より独りでに動き始め、数時間が経った今なお私を追いかけてくるのだ。これも誤動作の結果ではないかと思われるが、今の私には原因の解明など到底無理な話。
機関不調のため振り切ることもできず、こうして私は不本意ながら『あれ』と奇妙な船隊を組んでいる。

「わからんのか!灯りを、消せっ!」

『あれ』はやはり呼びかけに応じず、航海灯ばかりか船内灯を全て点け、艦橋と舷窓を煌々と輝かせたままである。
私と同様船体各所に装備された聴音器を使えば感度調整次第で難なく捉えられるはずだが……自我を持って動き出したばかりで、まだ己の機能を十分に扱えていない、あるいは機能の存在自体を感知できていないのだろうか。

「灯火<ライツ>、灯火<トーカ>、灯火<リュメール>!」

両腕をX字に交差させて停止の身振<ゼスチュア>を作りつつ、私は叫び続ける。どれかの言語が伝わってくれればいいのだが……このままでは追撃者のいい的、『あれ』もろとも御陀仏<ア・シェグロー>だ!
叫び続けて数分、解決は突然だった。『あれ』の灯火が数瞬点滅した後、だしぬけに全ての灯りが消えたのだ。
他になにか動きはないかと私は擬体の眼でしばらく観察を続けたが、変化はそれだけだった。
ともかく、これで轍鮒の急は除くことができた。緊張と安堵からか、意図することなく擬体に深呼吸をさせていたことに気付く。
私は擬体をめくれ上がった上甲板や砲弾に穿たれた破孔を避けながら船内へ戻らせ、私の内部でも一際厳重に防護された、ある部屋へと進ませる。

「うぐぐ……ぐっ……ぐっ!」

重い、扉があまりにも重い。もちろん錠は外されているのだが、これを引き開けて擬体が入る隙間を作ろうとするだけでこの有様だ。この部屋唯一の出入り口に設置された水密扉は厚さ250mmのトーバット鋼製であり、私の中にあるどの扉よりも堅固である。『艦隊<シプヒア>』の選考体格基準を満たしていれば問題なく開閉できるのだが、時間と材料の不足を理由に擬体をかなり小ぶりに作ってしまったのがこの事態を招いた。
つまり自業自得という奴であるから、これ以上は思考しないことにした。
自分自身に文句を言ったところでどうなるものでもない。為せば為る<キ・ブ・プ>!

「はあはあ……はぁ…ぜひぃ……」

要したのは数分、あるいは数十分か……。
擬体に着せたちゃちな児童用上衣<ブラウス>がすっかり汗に濡れて肌に貼り付いた頃、ようやく扉が動いた。
呼吸するたび胸の奥で猛烈な熱を感じながら、私は内奥に進み入る。

私の竜骨上、船体中央に設けられたこの一角には灯り取りを含めて一切窓はなく、天井と壁に嵌め込まれた橙色の常備灯だけが手がかりである。そのおぼろげな灯りに浮かび上がるのは機械設備ばかり。空気は換気され清澄であるがひどく乾燥しており、熱帯にいながらここだけは氷室のごとく涼しい。
そして部屋の中央に鎮座しているのは、天井まで届く一際大きな塊。上下に放射状に広がっていくその外貌は、大樹の幹のようでもある。粗く粉体塗装された梨地のそれに手で触れて形状を確かめていると、不意に滑らかで冷たい感触の一角に触れた。四隅にはネジらしき盛り上がりが付いている……銘板だろうか?
点字の要領で凸凹に指を沿わせてみれば、『エス号送信器 乙』と読めた。
ああ、これこそが私の頭脳、思念の源。『艦隊』が私の内に組み込んだ、医療用椅子<メディカル・チェア>を覆う無数の配管<パイピング>と電子管の群れ<コロニー>で構成される、癲狂機構<マニアック・メカニック>。
常備灯とは異なる白い灯りの方へ回り込めば、そこは統合規格で設計された投射用座席。恒温動物の肉を思わせる薄桃色の柔毛でびっしりと覆われた座席に静かに横たわるのは、モンゴロイド系の標準人。
彼は全裸であった。衣服は乱雑に脱ぎ捨てられ、残らず足側の床に放られていた。

「……こんなところに、いたのだな」

その存在を確かめるようにゆっくりとその周りを歩いていると、不意に何か鋭いものを踏みつけた。
私は反射で飛び上がり、埃っぽい床に倒れ込む。足の裏をさすりながら闇に目を凝らせば、浮かび上がったのは異常加熱<オーバーロード>で自壊した無数のK管の破片。そして、以前彼に与えたちゃちな懐中時計の残骸。
一つだけ場違いな『それ』を拾い上げる。
こぼれ落ちた針が直前まで示していたのは、『擬船』が自律行動を開始した時刻のおよそ5分前。

「分かった<ジュ・ヴワ>……分かったぞ……」

『擬船』の単独行動、姿を消していた妙義、起動しているエス器乙号。
私は甲で、彼が乙。空隙に入り込んだのは彼だったのだ。
K管は長く持たないと言ったのに!だから入るな、触れるなと言ったのに!
思念の増幅を司るそれが全て用を為さなくなった時に何が起こるか、想像したことはあったのに!
私は月並みの大馬鹿<ココミャ・リュナ>、穴だらけの盥<オスタップ>!

しかし……しかし、今。自責する一方で私は、自らの中に真逆とも言うべき思念を感じ取っている。
それは月を地球越しに照らす太陽のようであり、盥の穴に接ぎ当てられたブリキ板のようでもある。
全てを賭して彼が私を救い出してくれたこと、私はあまねく世の悉皆に見放された訳ではないということ。

これほど不思議な悲しさが、またと他にあるだろうか?

気がつけば私は、床に散らばった破片を踏みにじっていた。
ガラスの冷たさと滲む熱さが、何よりも痛みがこの思念を紛らわせてくれるのだと擬体が知っていたかのようだった。今はただ、その情動に一切を委ねてしまいたかった……。

おや?

微かな音が……意味を持つ音が聞こえる。船体の全ての方向から、囁くような声がする。

私は顔を上げ、周囲を見回し、その正体を確信した。
これは、減衰共振。
極めて大出力の光通信<オプト・コム>を受信した場合、オオバ=ボルム焼損を防ぐために拡声機構が光流波を調整し、乗船者および私自身に最も聞き取りやすいよう調律<チューニング>した際に放出された余剰エネルギーが引き起こす現象である。このような機会には滅多に巡り会えるものではないが、実はある別の条件においてこの現象は頻繁に発生する――すなわち、至近距離から光通信を受信した場合だ!

私は即座に擬体を放棄し、通信傍受と周辺聴音に集中する。感度を増幅された聴音器の一つが船内からどう、と鈍い音を捉える。制御を失った擬体が転倒したのだろうが、今はそれどころではない。
打ち寄せる波の音、引いていく波の音。腹の下で渦巻く潮の音、遠くで低く轟く潮の音。
周囲ではただ海水だけが動いている。
ゴウと響く機関音やシュルと擦るような暗車<スクリュー>音、キンと弾ける機動水雷の起発音。
その他諸々、危急を知らせる人工音は探知できない。

となれば、次は通信だ。私の内部にて相互に接続された、機器群の一つに思念を指向する。
通信は暗号化されていたが実に単純なものであり、長らく符号表を得ていない私でも容易に復号することができた。

《STSEXA3FSよりTSPCU 応答せよ》

これだけが、正確に3.0秒の間隔を置いて既に17回繰り返されている。
発信元の交信名<コール・サイン>は奇妙なほどに長ったらしく、その声は著しく平板。
そしてこの名で再び呼ばれることになろうとは……予感はしていたが、あまりにも早かった。
諦念に思考を萎ませながら、私は型通りの答えを返す。

《こちらTSPCU STSEXA3FS 其方の位置知らせ》

返答は実に早かった。当然だ、光速なのだから……

《正対 距離およそ1500m》

……なんと!《STSEXA3FS 待て》

15000の打ち間違いではないのか?眼前といって差し支えない距離だ。
私は健在な視覚器を総動員して海上を監視<ワッチ>する。
船影、船首波、潜望鏡……日没が近づき暗くなったせいもあるが、それらしきものは見えない。
ここで私は擬体を使うことに思い至り、再び制御を開始した。

「あ……あ!?うぅ……」

接続が再確立された瞬間、途端に頭部の右横が鋭く疼く。思念に反して声が漏れる。
転倒した際にぶつけた箇所が損傷し、防御反応が起こったらしい。
私はその箇所を手で押さえながら、急いで擬体を甲板上へ導く。
やはり、いない。濃紫色に染まった空と海のどこを擬体の眼で見ても、船はおろか白波一つも見えはしない。

《確認できず 誤謬なきや 本船 と僚船は真南を向き 機関停止 灯火消灯中》
《TSCPU 謝罪 現位置で待て 擬装解除 再確認願う》

通信と共に空が書き割りとなって滑り落ち、一隻の前横後縦帆船<ブリガンティン>が夕闇の中に忽然と現れた。

「申し訳ありません、光擬装<オプト・カンモ>の解除を失念しておりました」

擬体の耳と船体の集音器が先ほどの声を、今度は通信を介することなく捉える。
帆船の舳先には人間が一人立っているのが見える。薄汚れた白いズボンだけを身に着けた、黒い肌の大男。
右手にはなにか棒のような物……あれは銛だ、全鉄製の古式ゆかしい捕鯨銛を持っている。

「私は『能動<アクティブ>』。こちらは――」

男が銛を頭上に掲げた。が、口は固く引き結んだままである。声の主は彼ではない。

「――『河川<アワラウ>』。共に思念船<シンプ>ですが、我々は軍艦ではありません」
「そのようだな」

銃砲の代わりに積み込まれた狩漁具――船縁にぶら下がる漁網や甲板に並ぶ銛撃ち機<ハープン・ガン>、
摩り減った鈎付きの揚貨装置<デリック>――を見せられれば、さもありなんといったところだ。

「『能動』、貴船に『擬体<フー・シェール>』は有るか?」
「何方<フー>……?」
「失礼した。『擬体<プセディ>』、『擬体』は保有していないのか?」
「はい。船内空間の大半を捕獲物の保管と加工に充てているためです。作業補助のため乗組員<クルー>を数名乗せて航海することはありますが、彼らは騒音と居住性の低さから私を"胡椒挽き<ペッパー・ミル>"と揶揄します」

民間型にありがちな硬結形<カローシティ>かと思ったが、なかなかどうしておしゃべりな奴だ。

「もう一つ尋ねたい、『河川』の実体……船体はどこに?」

『能動』は黙り込み、ただ後帆を小刻みに揺らす。あの大男は、『河川』は擬体の耳が不調なのか?
そんなはずはない。先程はこちらに会釈したのだから。十数秒の沈黙の後、ようやく『能動』が返答をよこした。

「……『河川』は私の右舷後方、貴船から見えない側に随伴しています。普段からそうしているのです。『河川』の擬体が喋らないのも同様です。これは猟船<シーラー>に伝わるやり方というか……慣習。そういった慣習なのです。ご理解ください」
「なるほど。了解した」

とかく願掛<ジンクス>を重んじるのは海のものに限ったことではない。私は顔に眩い銀色を塗りたくる鉱夫<マイナー>達や、出撃前にキャノピーへ唾をくまなく吐きかける操縦士<パイロット>らの話をよく知っている。
そのようなものに比べればずっと大人しいものだ。
大切なのは、許容。

「間もなく避航に入ります。『皇帝』、針路および速度、現状維持で願います」
「いや、そちらは小型だが帆船だ。我々が避ける」
「お構いなく。小船が避けるのが規定<ルール>です」

そよ風が時折吹く程度の風量にも関わらず、『能動』は実に見事な機動を見せた。
前後のマストに張られた8枚の帆が瞬間ぼやけたかと思えば、一気に帆を膨らませて加速を開始。
たちまち『能動』は私の左舷<ポート・サイド>へ回り込み、意外なほどの相対速度ですれ違う形になった。
帆と同様染み一つない純白の船体に、一本走る鮮赤色の帯が夕陽に映える。

「美しいな」
「ありがとうございます、恐縮です」
「……おや?」

すれ違う『能動』の船尾から海面に垂れ下がる二本の鋼索、それらが交わった先に繋がれているのは長さおよそ15メートルの黒い円筒。一見すると巡航魚雷<クルーズ・トープ>に似ているが、リベット打ちの外板や四枚羽の暗車が露出した構造はあまりにも古めかしく、どこか私に似通っている。その両舷には饅鰻<ハグ・フィッシュ>の鰓孔に似た小さな丸窓が横一列に並び、円錐形に窄まった船首のすぐ後ろには船橋<セイル>……と呼ぶにはあまりにも矮小な半球形の天蓋<ドーム>が、波の間から辛うじて存在を主張している。

「おい、待て……こいつ、まさか……」
「久しぶりの会合だってのに"おい、待て"たあ、ちと不躾じゃねえかあ?『皇帝』陛下!」

他者へ楽しげに挑みかかるようなこの口調。
かつて狂乱と栄華の日々を共に過ごした戦友<キャマラード>の、半ば忘れ去っていた声!

「『潜り屋』!何故、ここに!」
「おや?この方のお名前は『鰐<アリゲーター>』では?」

過ぎ行く『能動』が怪訝な様子でぼやけば『河川』が素早く船尾へと走り、曳航されている『鰐』……もとい『潜り屋』を誰何するように見下ろす。

「名前は使い分けるものなのヨ、オホホ……おいコラ『河川』、物騒なモン向けんな!俺は鯨じゃねえ!クェザイオランでちゃんと証書<パーミ>見せたろ!俺はここにいていいの!」

ぎゃあぎゃあとまくし立てるその様子は以前と少しも変わっていない。
懐かしき知己との再会という嬉しい驚きに、私の口も思わず滑ってしまう。

「相変わらず騒々しいな、あなたは」
「お前も黙っていなくなるとこは変わんねえな!さて、急いで狩り<ハント>のご案内といくぜ」

狩り?

「一体、何のことだ」
「『能動』、『河川』、微々速<デッズロー・アヘッド>!これじゃ話ができねえ」
「了解しました」

再び『能動』の帆がぼやけ、今度は急激に速度を落とす。私も機関を止め、暗車を逆転させて制動をかける。
『妙義』は気づいてくれるだろうか。

「お前があの島を脱け出すぴったり32日前、久しぶりに陸に揚がって磨いてもらってた俺にお達しが来た!
今からこいつらと出航して『皇帝』を連れて来い、ってな!
そんでさっき、ついさっきだ!ついさっき新しい電文<テレグラム>が届いた。よっく聞けよ!
日時は省略……"A3訓練は第87963番閉鎖海面で行う"!"参加船舶は以下の通り"!……俺らのとこは省くぞ? 
まず『譏嫌<ハイ・スピリッツ>』、22門 両横帆私掠船<プライベティア・ブリッグ>。
一昨日トリプス・ポンテムに入ったとある。もう向こうで待ってるだろうな。
そんで『大臣<ミニスター>』、90門 二等戦列艦<セカンダレート・ザライン>。
こいつはお前の方がよく知ってるか?
あと『木精<ドリウス>』、哨戒潜水艦<ペトロール・サブ>。
こいつは最近配属の新顔、そのくせ虎鮫型<ゲイトー>より小さい。素姓は俺もよく知らん。
残りの2隻は戦闘型ってこと以外伏せられてる。始まってからのお楽しみ!楽しかぁねえが!
それから『大魚<ビッグ・フィッシュ>』と『鰤一号<セリオラ・ウーヌス>』、共に艦隊型潜水艦<フリータィ・サブ>。
今回の判定役<ジャッジ>だ。どっちかは多分その辺にいるだろうな」

押し寄せる言葉の濁流に耳を傾けながら、私は過去の航海を振り返る。
演習に審判が付くのは当然のことだ。
特に我々の場合、いざとなれば両陣をまとめて相手取れるような類のものが……。

「もし参加に承諾すれば、俺たちはお前と連れをまず待機している海中工作船渠<テ・セ・ウ・ス>に誘導する。
丸腰じゃ訓練にならねえからな!だが準備時間は少ない。戦闘状態に復帰はできるが、完全とはいかないだろう。
5対1の数差は相変わらずデカいし……何よりこの演習、妙に仔細が伏せられている。
こいつぁもしかすると、供犠<トルテクィング>かもしれん」

『潜り屋』が自身を数に入れていないのは致し方ないことだ。
『艦隊』の技術で大改修され思念船となっても、大型で余裕のある新型には敵わない……それは私も同じである。

「生贄は我々……いや、私か。それで皆がもうしばらく浮いていられるとしたら、名誉なことだ」
「そりゃ皮肉だろうな?俺はそんなの御免だ。知恵を振り絞って勝負してやる。
『皇帝』……いんや『畝傍<ウネビ>』。やるかやらないか。お前はどうするんだ?」

私は擬体を振り返らせ、その眼で背後に佇む『妙義』を見る。
破損と修繕を繰り返して醜く変わったその姿は、陸封された私の煩悶と挫折の象徴であった。
しかしその苦闘が閉鎖海面に小さな傷をこじ開け、一人の人間を私の元へ導いた。
無駄ではなかった。全てはそこから動き始めたのだ。

『妙義』。この界域を掌握する巨大組織の一員、と名乗ったにしてはあまりにも愚直な男。
『三枚目<ヴェソゥナ・コミッキ>』の最大公約数のごとき男。
眠ったまま緩やかに死を待つ彼の肉体。封じられて尚、共存を選択してくれた彼の思念。
その動く姿をまた見たいと思う。その言葉をまた聴きたいと願う。
島を出た時からもう、私の答えはただ一つだった。

「やろう。私は戦う」"唯一つ、私のもの<セゥリ・ストゥ・ミャン>"のために。

空気が張り詰め、波の音がいやに大きく聞こえる。
『潜り屋』も『河川』も『能動』も、皆押し黙っている。

「……よし、言うじゃねえかコイツ!早えーな!いいぜ、この野郎!これで決まりだ!やったるぜ!」

口を開いたのはやはり『潜り屋』。しかし声は上ずっている。ひどく興奮しているように聞こえる。

「よし『能動』!俺を奴の右舷<スターボード>に寄せろ。『河川』は後方警戒、機雷に注意!」
「「了解<アイ・キャプ>!」」

慌しい思念の発振と共に『能動』の帆が一斉に向きを変える。
あれはちょうど吹き始めた強風に乗り、船尾側から私の右舷へ回り込むつもりなのだろう。
その船尾側からは小ぶりな一本煙突を立てた長さ約20mの蒸気船<スチーマー>が飛び出し、軽快に波を立ててこちらへ……正確には私の船首側から『妙義』の方向へ走っていく。あれが『河川』の本体か。しかし……?

「寄ってくるというのは、一体何のつもりだ」
「何ってお前、K管だよ。どうせ足りねえんだろ?」
「『潜り屋』!お前、今、持っているのか!?」

思わず擬体を船尾へ走らせ、無事な手摺にすがり付かせ、遠く離れた『潜り屋』へ私は叫ぶ。

「黙ってたが俺の脳<オミス>もK型<ケー・タイ>だ。アレが信用ならねえのは俺もよーく知ってる。
だから予備もたんまり持ってきたのさ」
「すまない、恩に着る!ありがたい!」
「気にすんな!だがお前の『擬体』はもう動かすなよ!まだ作りたてだろ、無理させっとすぐガタが来るぞォ」

作りたて……何故あれがその事を知っているのか?つまりはそういうことだ。
節々が痛む擬体を艦橋の下に戻し、腰を下ろさせ、眼を笑わせて口を怒らせる。

「ずっと見ていたのか?ひどい奴だ」
「まーな!なんたって俺は潜艦<サブ>だぜ?しかし、ま、俺も外海は久方ぶりで、どっちの体も大分ナマってる。
そっちに行くってのはまあ、慣らしも兼ねてるのさ」

『潜り屋』の半球天蓋が二つに割れ、その中から苔色の鱗に覆われた六本脚の異形が這い現れる。
鋭い牙の並んだ大顎をがばがばと開き、野太い共用語<イーングリッシュ>を張り上げる。

「滅茶苦茶船団<タタード・コンヴォイ>の結成だ!みんな、ありったけに暴れてやろうぜえぇ!」

同意するかのように『妙義』が盛大に汽笛を鳴らす。あれの煙突<ファンネル>は穴だらけで留め具もいくつか弾け飛んでおり、当然、その音はまったくもって調子外れなものとなる。

「ぼへぼへぼへぼへぼひへぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーっ!!」

宵闇に響くそれを聞きながら、私はいつの間にか甲板に寝転び、涙を流して大いに笑っていた。

[続かない]

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