恋バナ

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優し気な面持ちのまだ若い年齢の女のエージェントが、制服姿の少年を横目にドアの認証パッドに手を伸ばす。ロックの外れる音がし、女がドアを開け少年に部屋に入るように促した。

「ごめんね、待たせちゃって。あ、奥の席に座って。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。」

「ありがとう。途中で飲み物が欲しかったりトイレに行きたくなったりしたら教えてね。」

女はボイスレコーダーを机の真ん中に置き使い古しの2in1を起動する。

「初めまして。エージェント篠崎です。井上悠人君へのインタビューを担当します。よろしくね。」

「よろしくお願いします。」

柔らかい表情で少年-もとい井上は返事をした。女-もとい篠崎も返事を返した井上に微笑んでボイスレコーダーのスイッチを入れた。

「おっけー、始めよう。白衣を着た人からの説明は理解できた?」

財団は現実性に関わるAnomalousアイテムを超常現象の調査で確保した。そのAnomalousアイテムを作った井上に対して重要参考人としてインタビューを行っている。異常に関して何も知識のない状態で具体的に説明させるのは難しい。どうせ記憶処理されるからということで財団という団体、今回の超常現象について、現実性について、確保したAnomalousアイテムについて、などなど基本的な情報は、井上に理解できる範疇に収まる程度で、事前に教えることにしたのだ。

「ええ、理解できましたよ。」

「じゃあ、"ひめレポート"について話して。」


わかりました。どこから話しましょう…

まずは書くきっかけからお話しします。

中学2年生の頃、ひめとーええ、堀江姫那さんのことですー、ひめと同じクラスになりました。私は彼女に一目惚れしたんです。
でも私と彼女は接点が一切ありません。彼女は、言ってしまえば一軍に位置する子ですから一軍二軍の子たちと話してます。
私自身、コロナ禍で始めた小説のIFを考える趣味にすっかり没頭してしまっていて、学校でも時間があればSF小説を開きIFストーリーの考察をしていました。

まあ最初の数日は何もありませんでした。でも進級して丁度1週間くらいですかね、魔訶不思議なことを体験しました。

その日は朝早く学校に来てました。うちの学年は進級すると作文を書くので、早いところ終わらせようと思ったからです。

7時5分、部活の朝練の子も来ない時間です。担任も朝のミーティングギリギリに出勤するような人ですから、教室には誰もいないと思ってました。

ああ、教室の前のドアから入ったらひめと目が合いました。もうほんとに驚きましたけど、一応平然を装ってリュックを机にかけパソコンを開いて作文を書こうとしました。

でも急に首の後ろ当たりが熱くなって、そこから何かがぬるぬると身体に入り込んできたんです。気持ち悪くて、驚いて、手で押さえると何もありませんでした。実際に熱くなってるわけじゃなかったし、何かが入り込んでいるわけでもなかったんです。

身体の中で何かが蠢く感覚がありました。本来は気持ち悪いものなんですが、その時の私にとっては非常に快感でした。自分でも気づかないうちに、起きている出来事と、ひめに対する認識が変わったんです。言葉で言い表しにくいんですが…白衣の人が言ってたミーム汚染というものなんですかね。この時に私は理由はわかりませんが、ひめレポートを書かないといけないと心からそう思いました。ひめが私の身体に寄生したんでしょうかね。

はは、わかりにくいですね、すいません。笑正直自分でもよくわからないんです。わからないこと話してても仕方ありませんし次に移りましょうか。

ひめレポートは何で書いてたかお話しします。これも最初はよくわからなかったんですが、今日白衣の人の説明を聞いて自分なりに納得する答えが出たんです。

確か現実を思い通りに動かすにはたくさんの現実子を持っている必要があるんでしたよね?さっき何かが入り込んできた、って言ったでしょう?あの時から意識すると水みたいなもので世界がどっぷり浸かっている光景が見えるようになったんです。そしてその水は、私の書いたレポートにある穴に吸い込まれていく。ひめにも穴があります。そこに水みたいなものは吸い込まれていきます。この考え方だときっとひめは現実を変えるためにその水を集めていたんでしょう。レポートは媒介だったんだと思います。ひめ本人では非効率だから、媒介を作り、その穴はひめと直接繋がるポータルである。その水が現実子かどうかはわかりませんが、恐らくそういった類のものだと思います。


とても的を得た考察だな、と篠崎はエージェントという研究と無縁の立場ながら思った。ひめレポートが周囲の現実子を非常に少量だが吸収しているというのは検査報告書に書いてあった。井上の予想は正しい。

記録のため向き合っていたPCのモニターから目を離し、休めようとふと応接室の窓から外を見る。全身の力が抜け身体が宙に浮かんでいく感覚がする。軽い溜息をつき、やっぱり疲れてるな、と心の中で独語した。
財団エージェントになっても現場には赴かず、サイトで書類を処理する事務作業ばかりをしてきた。それが人手不足だからと急に超常現象の調査に引っ張り出され、慣れないフィールドワークをさせられる。かといっていつもの事務作業が消えるかというとそうではない。篠崎は疲れ切っていた。
幸い目の前の少年は呑み込みが早く、インタビュー前に教えられた財団の知識を活用してまとまった有益な話をしてくれる。大丈夫、この子のインタビューはもうすぐ終わる、と自分に言い聞かせ少年に向き直った。


すいません、わかりにくかったですかね?

要するに財団の皆さんで言うようなミーム汚染?のようなものでひめに異常なほどの好意と、ひめのために私が努力しないといけないという認識を植え付けられました。そこでひめのためにレポートを書いて現実を変える力を与えていた。こんな感じです。

あー、何のために力が話していませんでしたね。財団の方でも見当はついていると思いますが、ひめは自分のクラスが学年優勝をするために力を集めていました。はは、そうです、馬鹿馬鹿しいですよね。でもひめにとってそれはとても大事なことでした。

ひめは中学1年生からずっと体育委員で体育祭の時はクラスを率いてきました。勉強とかには無気力なんですが、行事への熱量は誰よりもありました。体育祭は自分が直接携わってる行事とだけあって特に全力でした。でもひめはずっと惜しいところで優勝を逃していたんです。

1年生の時、学年種目と大縄跳びでは1位だったんですが学級対抗リレーで私たちのクラスが3位だったんです。これで優勝を逃しました。2年生の時は3位だった学級対抗リレーを1位までもっていきました。でも学年種目で3位でした。それに大縄跳びで2位だったんです。うちの担任は教員になってからずっと大縄跳び1位記録を更新していました。それを止めてしまったって、ずっと自分を責めてました。

ひめはとても責任感が強いんです。優勝を逃し、担任の大縄跳び1位記録を止めた。優勝をクラスの仲間に味わわせることができなかった、クラスのために頑張ってきてくれた担任に報いれなかった。ひめは自分なんてと、自分自身に失望しかけています。だからこそ、異常な力という卑怯な手段に頼っても優勝を手に入れたかったんでしょう。そうすればクラスのみんなのためになると考えていたんでしょう。

でもその結果はどうだったか。ひめは学年種目で1位になれないことが決定的になったとき、力を使いました。それは、普通の人間からしたら明らかに地獄です。

とても眩しい光が私たちを包み込みました。条件反射で強く目を瞑る。悲鳴が聞こえて、驚いて目を開けました。目の前に男子と女子が背面で融合した、不気味な人間の姿がありました。2人は悶絶しました。周りを見ると、身体の部位が入れ替わった生徒、内臓だとかが身体の外に出て裏返しな生徒、腹部に大きく穴が開き、そこから血や残った臓器が飛び出ている男子、下半身が融けて赤黒い水たまりを作ってる女子。とにかく酷い有様でした。

私と、あと3人無事でしたが、奇跡でしたね。その3人も半ば狂乱していて平静ではありませんでしたけど。でも私は不思議と冷静でした。まあレポートを書いているとき、同じようなことを経験したからでしょうね。ええ、そうです。レポートを書いてるとき、身体から赤い煙みたいのが出て皮膚が蒸発したり、掻き毟るとボロボロと崩れたり、転んだときは一瞬ですが関節が千切れて肢体がバラバラになったりしました。これが、低現実性領域にある程度の期間滞在すると生じる症状、というやつですかね。はは、普通じゃないでしょう。今思えば明らかに異常でしたが、その時は異常だとは思えませんでした。これくらいのことよくあること、なんて考えてました。


宙に浮かんでいく感覚は未だにはっきりとしている。ああ、ダメだ、しっかりしろと、自分に言い聞かせる。疲れを振り切ろうと、力を入れる。思いっきりEnterをたたいてしまった。バチンという音がしてキーが割れた。あ、と呟いた。使い古しのキーボードが損傷したことに対してではない。自分の薬指から微かにだが赤い煙が立っていたことに気づいたからだ。

篠崎は魔の前の少年の方を見る。強張った笑顔で少年は口を開いた。

「気づきましたか。もう隠せませんね、黙っててすいません。何かが入り込んだ、入り込んだのはひめです。ひめは私の認識を書き換え、その後もずっと、今も私の身体にいるんです。あの事故でひめの体は死にました。実体のない存在として私の中で生きています。ひめはもう一度、やり直したいと言ってる。」

あまりの急展開で理解が追い付かなかった。だが篠崎は少なくともかなりまずい状況に置かれているということは察した。

篠崎は椅子を蹴り飛ばすように立ち上がると部屋に備えられた非常ボタンを殴りつけるように押した。ボタン上部の赤色灯が赤く部屋を照らし、天井のスピーカーから鳴るアラートが響き渡る。

「嘘をついていたことは謝ります。まだ少し時間がありますから説明させてください。現実を捻じ曲げるなんて、絶対にしてはいけないことだと私も理解しています。体育祭のためという小さな理由であれば猶更でしょう。でも、私にとってひめは至高の存在なんです。癖毛のミディアムヘア、可愛げのある狸顔、細身で整った体、純真さ優しさ可愛さ陽気さ子供っぽさ全てを含んだ性格、ひめは私のことを癒してくれる。ひめのために何かするとひめは必ずありがとうって言ってくれるんです。ひめはクラスのみんなに優勝をさせてあげたいと思っています。私はその気持ちを尊重しています。青春を少しでも彩るために、優勝させてあげたいひめの気持ちに全面的に賛同します。」

ドアの外側が騒がしい。もうすぐ保安職員が殴り込んでくるだろう。

「お世話になりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。またいつか、お会いするかもしれませんね。」

ドアが勢いよく開く音がする。武装した保安職員が殴り込んでくる。だが彼らが銃口を向けるべき相手はもうそこにはいなかった。


雨で湿気た校庭は燦燦とした太陽に照らされている。3年生の学年種目が始まる直前。校庭にいる人間の大多数は緊張した面持ちで見守っている。だが競技者の中に一人、穏やかな表情で虚空を見つめている男がいた。前後の生徒と手をつなぎ、スタートの姿勢に構え、そして呟いた。

「頑張ろうね!」

誰に向けたものかわからないその声を周りの人間は無視する。ただそれを発した本人は「うん!」という元気な無言の返事を受け取った。


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