反現実改変部門は存在しない?

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「煙草を吸っても?」

バビヨンは若い男の受付へ尋ねた。「許可できません。」彼は断った。「外でなら結構でしょうが──エントランスまで数十歩です。あなたには幸いにもその脚があるように見えますが。」

受付の疑惑の目がバビヨンの顔を突いたた。「さっきも、尋ねたかしら?」

「いえ?」彼は予想もしなかった返答に予想外の答えで返した。「これが初めてですが?」彼はその言動に戸惑いを隠す気はないようだった。

バビヨンは心底気抜けしたような素振りを見せ、頭を振った。

受付は改めてバビヨンと自身の立場を深く確認した。「あなたは…あなたはこれが一回目ではないと?」彼にはまだ理解できていないようだった。

数分が経った。彼女はセキュリティドアに背中を付き、時間を持て余した。彼女は今年で人生の半分を過ごし、加齢と共に割合を増した白髪を黒のピンゴムで束ねていた。彼女の経歴は、その白衣の裾にこびりついた少量の媒溶により書かれていた。

彼女が退屈な時間を過ごさねばならないことには相応の理由があり、その事態の重大さが何よりも彼女を辟易させた。それは彼女がO5との面会に招待された客人であるということであり、更に言うと、彼らにとっては世界の終わりの始まりを示唆するようなものだったことだ。あるいは、本当に何でもないのかもしれない。

予定時間より大幅に遅れて、内部オフィスへの扉が開いた。勤務時間内であるのにも関わらず、オフィスの内側から溢れる職員は誰一人としていなかった。オフィスの扉を0人のファウンダーの集団が通り抜けると、O5-8の補佐役が奥から顔を出した。20代とは思えないほど若々しさを似合わないスーツに閉じ込めたティーンエイジャーは、ケリーと言った。

「バビヨン?どうぞ入ってください。」

オフィスはドアロックのセキュリティと反比例してモダンなスタイルに仕上がっていた。部屋の中心に配置されたデスクは、360度がダークウッドの本棚に包囲されており、指す光のほとんどを遮っていた。それにより、デスクに腰を下ろしているO5-8の表情は伺うことができず、ケリーがこちらに標準を合わせたレーザーポインタだけが暗い室内で強調された。

バビヨンは深く息を吸った。「それで話というのは?私が受け取ったのは面会への招待だけで、その他は──」

「君は誰だ?」O5-8は彼女に尋ねた。

バビヨンは突き返した。「──何ですって?」

「聞き方を変えよう。」O5-8は言った。「バビヨン・ゴリーラー、46歳、愛する夫と三児の息子を持つ──」

「失礼ですが、今日はここへ説教じみたことを受けに来たわけじゃない。」バビヨンは素早く彼の話を切った。「私はあなたの部下、反現実改変部門の長よ。」

「有り得ない。私たちは反現実改変部門などという部門は有していない。」ケリーは言った。

「その通りだ。我々はそのような部門を持たない。」

O5-8は続けて言った。「我々が持つのは、ミーム部門、誤伝達情報部門、反ミーム──」

「それはもう十分に足りてるわ。」バビヨンは再び彼の説明を振り払った。「では、こう考えてみて、特にケリー。どうして自分はそれが有り得ないと考えたのだろう、と。」

ケリーは銃口を1ミリたりとも動かす気はなかったが、O5-8は頷き言った。「話を聞こう。」

バビヨンはもう一度深く息を吸い込んだ。「現実改変能力を持つSCP、それらは自身の思いのままに現実の歪みを生み出し、それをあなたとあなたの世界へ適応させるよう強制する。よろしいかしら?」

「ああ。」O5-8は頷いた。

「反現実改変という特性を持つSCPが存在します。」バビヨンは断言した。「これらは現実ではありません。それは、現実というレールを一度離れることのできる方法です。人間はある種、理解することによりそれを事実として取り込みます。あなたはその左手で左の肘に触れることはできますか?──現実改変という便利な方法を介せば、それは造作もないことでしょう。しかし、反現実改変はそれをあなた方が理解するよりも早く解決するでしょう。つまり、その方程式を導き出す目的のみで生成された、もう一つのディメンションです。」

ケリーは言った。「それでは──それは単にヒュームが低いだけなのでは?」

「彼らは負のヒュームを持っている。これは通常では有り得たことではありません。異常存在を取り入れた常識をも超越する存在。現実改変のようにヒュームを強制しない、現実を脱出することをプロセスの一つに含む方法。そして、それらは私たちには理解することはできない。反現実改変部門は、そういった例を理解し適切な処理を行うことを目的としています。」

O5-8は彼女の説明を暫く黙って聞いた。ケリーは銃を下ろし、自分の左手を左の肘に近づけることを何度か試みた。バビヨンの話が終わり、O5-8が軽く咳払いをすると、それが滑稽な行いだったことに気付き縮こまった。

「一つ、」O5-8は言った。「一つ、反現実改変のSCPを挙げてくれ。」

「いいでしょう。丁度このオフィス周辺に3はあります。」

バヒヨンが用意していたセリフを言い終えるよりも早く、O5-8の右側にある本棚が薙ぎ倒された。同時に、轟音と共に壁から丸太のような拳が突き放たれ、O5-8の顔面から1センチの余白を残して停止した。遅れて発生した大気の乱れが彼の髪を揺らした。彼の身には何も起きなかったが、それには兆候も彼への事前報告もなかった。彼はプライドで恐怖を押し殺した。代わりに、幼い頃に読んだアメリカン・コミックスの1コマを思い出した。つまり、実に非現実的な光景である。

本棚は扉のように押し倒され、倒壊した隣のオフィスの壁の隙間から大男が現れた。男は目視でも身長は3メートルを優に越えており、身体中から分裂し膨張しきった筋肉を財団の正装で押さえ付けていた。O5-8は席を立ったが、それでも彼が男を見上げる形となった。

潜在的な恐怖が、O5-8の次の質問を強く躊躇させた。「君は、誰だ?」

「アバブ」男は答えた。「アバブ・ゴリーラーだ。」

そう言うとアバブは丸太のような腕を突き出し、不釣り合いな体格とその上に乗せられた頭で愛想笑いを作り、彼に握手を求めた。O5-8は自身の枝のような右腕はすぐにでもダイヤモンドの粉末に変えられてしまうだろうと考え、彼に手を差し出すことはなかった。上司のオフィスに壁から入室するゴリラのような大男に、誰が疑心や恐怖以外の感情を抱くことができるのだろうか?アバブは彼の感情を忖度すると、腕を下ろした。

O5-8はバビヨンに尋ねた。「彼は、誰だ?」

「私の夫だわ。」バビヨンはすぐに答えた。

彼は続いてバビヨンに尋ねた。「反現実改変のオブジェクトは、彼か?」

「そう、私の夫だわ。」バビヨンはすぐに答えた。

「こ、こんなことがあり得るか。」衝撃と共にオフィスの隅で空気と同化しかけていたケリーが立ち上がり、吐き捨てるように言った。この時ばかりは彼の主張は間違ってはいなかった。

「はい、有り得ない。」アバブはそれを認めた。「ですが──」

アバブは膝を床に付け、手を下から差し出した。ビッグ・フレンドリー・ジャイアントが、足元に立つ少女に自分の手に乗るように合図をするようだった。彼はその手の中心を注意深く観察するO5-8を目の前に拳を広げた。ケリーは本棚の残骸から離れて、よろめきながら覗き込んだ。

そこには、サークラインのような白色に輝くリングが回転していた。視認できるだけでも、それは3つ重なりあっていたが、例外として4や17の場合もあった。それはどう見ようと認識災害やミームではないことは、異常社会を数百年間生き抜いたO5-8にとっては明らかであり、彼に標準認識サンプリングテストの必要性を再度認識させる結果となった。ケリーはO5-8の顔を見ると、右手の指で「5」と示したが、その結果も安定しないものだった。

「これは?」O5-8が言った。「SCP- ˈ꙰꙱҉҈ˈ꙰ঔৣৡۣ͜͡ৡです。」アバブが答えた。

「何だと?」O5-8は今度こそ取り乱した。「そ、そのSCPは存在しない。」ケリーは即座に反駁した。

檻から脱走したてのゴリラ・ゴリラは、幸いにも世俗の情報には富んでいた。「はい、存在しません。ナンバーはあなた方にも聞こえないでしょう。」しかし、どうも彼らは常識には疎いようだった。「ですが、。」

O5-8はアバブの発した数単語は完全に破綻して見えた。しかし彼の相貌には絶対的な自信があり、O5-8は自己の心を律するという難行をやってのけなければならない状況に立たされた。

「これが、反現実改変です。」アバブは簡潔に締めくくった。

O5-8は彼の説明の表面上のみを把握するまでに留めた。ケリーはそこは指を触れることさえも困難だったため、代わりにアバブの影にすっかり隠された存在をバビヨンに尋ねた。「それで、もう1体の方は?」

アバブは代わりに寛大に答えた。「それでは、お見せいたしましょう。」

アバブは再び拳を握り締めた。ディメンションの圧死する嫌な音が響いた。O5-8は室内のヒューム値の変動を体感した。サイト全域を振動させたスクラントン現実錨15基のヒューム・キャパシティオーバーによる爆発は、それをより強く裏付けた。アバブは部屋の隅に佇んでいたケリーの方を向いた。右足を大きく後ろに下げ、拳を体と平行になるように背後で構える。左手を広げて前へと突き出し、指と指の空間にケリーの困惑した表情を捉えた。

「──?」ケリーは明らかに動揺していた。彼はオフィス内の状況を理解できてはいなかった。

刹那。

彼のオフィスでソニックブームが起こった。アバブの移動速度は光速を超え、O5-8には彼の残像も光の後も認識できなかった。

O5-8の中で一瞬だけ時の流れが拡大された。次に彼が肉眼でアバブを捉えられた時、彼は突き出した拳をケリーに接触させた。ケリーの体が拳に沿って大きく湾曲する。痛みよりも驚きの方が大きかったようだ。というか実際驚きしかなかった。

時間の流れが復帰した。ケリーは反現実的な速度で吹っ飛び、O5が構築したセキュリティシステムと本棚をいとも容易く突破した。その後に続いて光と大気の流れがサイトを飲み込み、ケリーを追跡した。ついでにその場にあったリアリティを全て拭い去って行った。オフィスには彼の型をしたセキュリティホールだけが残った。


ケリーは亜光速で空間を飛び続けた。


彼はサイト-41を貫通した。そこのカフェテリアで、レンガとほぼ同じぐらい大きなネクタイピンを付けた男と激突し、彼を巻き込んで飛んだ。


ケリーはその一瞬の内に上空からオーハイを7度見た。


ネマの種族の故郷の頭上を飛行した。


空に触手を広げた巨大なヒトデと衝突し、それを巻き込み飛び続けた。


彼らは一生分の空間移動をそこで経験し──


最後には、彼らの故郷である第五世界へと帰って行った。


O5-8は鮮烈に唖然としていた。破壊され尽くされたオフィスが、彼の中で何千倍と拡大された。彼はこの時初めて、ケリーは有りもしない存在だったことに気がついた。

彼女はアバブを見て満足した様子で頷いた。「うまくやったじゃない。アバブ。」

アバブはポケットからヴァイオリンを取り出し、勝利のファンファーレの演奏を試みた。しかし、数秒と待たずに彼の超越した握力は、ヴァイオリンを支える貧弱なパーフリングを貧弱なおがくずの山へと変えてしまった。

そして最後に、再び唖然とするO5-8に向かって、バビヨンが一言。


デウス・エクス・マキナみたいだなって思ったでしょ?」











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