アセンシア

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運命の日から、3年が経った。

私が僅かな隙間から足を下ろした時、私はすぐに背後を確認した。そこには、彼らの作り上げた奇妙な世界への扉は既に消えていた。代わりに、見慣れた都心のくすんだ空気が私を迎えた。しかし、一つ良いこともあった。私が気付くと、同じ部屋に、彼らもまた、すぐに姿を現した。彼らは我々とは大差なかった。プリムローズは、彼らはホバー戦車や粘着ナパームでやってくるわけではないと言っていたが、少なくとも不可視のそれらが私には見ることができた。そして、正式にそれの存在が公表されるまでの1年ほど、私は財団と彼らを行き来する不安定な存在であり続けた。私は誰にも事実を打ち明けることはなく、彼らがゆっくりと、そして確実に全ての行政を裏から手を回す惨状をしっかりととらえていた──ただ1人を除いて。

第一の太陽が沈んだ時、私は沿岸の歩道を歩いていた。左の沿道には建設段階の新しい構造物群が並んでいたが、公道は驚くほど閑散としていた。構造物には、およそ人間と同じサイズの10本の足を持つ黒く細いワイヤーが数十匹、まるで角砂糖に集る蟻のように外装に張り付き、自身の体を融解させ建材へと変えていた。それらは全て透過素材へと置き換わっていたが、イモーティゴンらが来店しても手厚く迎え入れられるような十分な強度に設計されていた。実際、良識のある数頭のイモーティゴンはそうしていた。

歩道には普遍的な人間も通っていたが、その大部分は、頭頂から爪先にかけて歯車に侵食されたオートマトン、紫のゲル状のヒューマノイド、あるいは単に知性と理性と政治的関心を持つプロセッサが占有していた。私はブロークンカトリックの勧誘や、プロセッサのアナキズム反政府刊出版者を振り切り、足を早めた。海沿いに10mごとに設置された街灯は、時々その鉄柱を湾曲させては歩行者を覗き込み、彼らに光の手を振った。

私は歩道に併設された階段から堤防へ上がった。堤防は凹凸一つないグラナイトで舗装されていた。右にはその縁から5m下に、透明な液体に一滴の青色のインクを垂らしたような海が拡がり、強化ガラスの海溝からはいくつかの埋設インフラストラクチャーが頭を出していた。堤防の浮上がった縁には、一匹の猫がいた。猫はオレンジ、白、そして茶色の斑点の毛皮と、紫色のブレザーを身にまとい、水平線を眺めていた。私は自分が白衣を着ていることを確認すると、猫に近づいた。

「ハロー、プリムローズ。」

猫はこちらを見た。その目は大きく見開かれた。

デイビッド……」

彼女は堤防の段差を下り、こちらへ歩み寄った。

「あなたも、来ていたのね?」

「ええと、ご無沙汰していました。」

私は堤防に座り、海の方面に足を下ろした。足裏に透明なテトラポットの感覚を覚えた。彼女は私の隣に座った。街灯は彼女と私を照らした。

「また会えて嬉しいわ。デイビッド、まだパリに行ってみたい気はあるかしら?」

「プリムローズ、あなたは以前にお会いした時とお変わりないようですね。」

「あなた、は?」

「私は変わっていませんが、あなたと私以外の全ては、数値にして4.6プリムローズもの変化がありました。」

彼女は笑った。

「ああ!本当に、あなたはデイビッドその人だわ。でも、もうあなたは私と同じ博士ではないのね。」

水平線に浮かぶ孤島から、巨大なコンペンディウムのホログラムの瞳がこちらを俯瞰した。それはコンペンディウムによるデベロッパ・プロジェクトの一環であり、都市は海底のスポットライトによりライトアップされ、近代的とも原始的とも識別されない建造物が大陸の舞台で照らされていた。しかし、その片鱗は見慣れた街並みに留められ、ノンフィクション映画よりも実在性を持つ光景が1つの島に集積していた。プリムローズはそれらを眺め、次に私の方を向いた。

「──あちらの仕事はどうかしら?」

「いえ、以前と比べてそれほど変化が訪れたわけではありません。彼らは大騒ぎPaint the town redで開拓を始めたわけではありませんが、私が聞いたからには、内容は至ってシンプルなものでした。」

私は堤防を下り、パステルグリーンの歩道に立った。歩行者のほとんどは、自分の家へと帰ったか、または光学迷彩バイザーのバイパスモードをオンにしていた。背の高いスポットライトの光とプリムローズの目がこちらを見下ろした。私は右足で2回踏み鳴らした。

「彼らはまず、この場所を彩色しました。」

プリムローズは歩道を見渡した。

「ええ、本当に?」

「いえ、単なる比喩です。私は傍らで見物していただけですし、染めたのは事実ですが。」

私は堤防をかけ上がり、彼女の隣に座り直した。

「つまり、カタストロフでもなければ、大きな変化は全てに均等に齎されるわけじゃないのね。彼らは最初に、一般的には文字通り大衆の目に付く箇所を着手したのね。彼らがこの通りをパステルグリーンに染めたのもその一つだったのね。私がいない最初のコンペンディウムを理解できたわ。(動物に与えられる2つの選択肢が後に回されたのも納得したわ。)」

「はい、彼らは自ら慣例を曲げることができるようで、常識とは恐ろしい物です。これも彼らが改変した現実の一例ですが、私はここへ来るまでに、オートマトン、アナキズムのプロセッサとすれ違いました。これは、それの許容範囲内なのでしょうか?」

「コンペンディウムが面倒を見る下で、常識は存在しないわ、少なくとも彼らは不適切と指摘するでしょうね。彼らは異常やアノマリーはもちろん、正常という言葉も同様に嫌っているのよ。私の知る彼らの内の一人は、人々のイデオロギーでさえも根絶しようとしていたのよ。彼らは客観的な見解は好むでしょうが、アイディアは求めていないでしょうね。」

「そう言うと、私にはとても彼らがこれらの主軸には聞こえませんね。」

「そうね、そして実際にそうだわ。でもねデイビッド、過去のあなたたちがこれを見れば、きっとここのパラダイムを妬むでしょうね。つまり、それ相応の強い意思がなければ、会議に出席して他を言いくるめることは疎か、この世界を大々的な議会のように見れば、席を得ることさえ難しいことなの。その良い例が──」

彼女は肉球で堤防の縁を軽く叩いた。

「気が付かなかった?これらも全てアセンブリーによる作品なの。」

グラナイトの色と思われる要素は、彼女の前の一点に集合し、それはまるで海面に映る藍色の小さな一匹のイルカを模した。イルカは彼女と私にウインクすると、グラナイトの河川を離れて水面へ移動し、島から降り注ぐ閃光に照らされて消えた。

「厳密に言うと、彼らがここで始めに目を付けたのは、あなたたちがアノマリーと呼んでいたものではないの。彼らは財団はもちろん、それに似た機関やコミュニティの監視を始めたわ。彼らはまず、二人の工場長を宥めた。ここでは簡単に言うことができるけれど、もっと時間を必要としたのは確かだったわ。アンダーソンは工場を解放し、一般の人はもちろん、注目すべきとしてメカニトを招き入れたの。彼らには不平を呟く者もいたでしょうが、彼らの代表は手を結んだわ。それから彼らが一般的になるのは時間の問題に過ぎなかった。もう一人の工場長の合否は確認できていないけれど、新たなユニオンが設立されたことはそれを示唆しているの──それが、」

最高の仕事でしょう、マム?」

「そうよ」

プリムローズは誇らしげに目を薄めた。

「双方どちらも」

「ワンダー博士にはお会いしたかしら?」

「はい、彼は会議の中で特に目と頭の両方で注目をひく参加者でした。面白い方でした。彼はまた子供たちを喜ばせることを専門とする人でしたから、慈善財団ともよく気があったでしょう。ついでに言うと、マム、アンダーソンとも既に名刺を交えています。」

ウォッチャーズとも?」

「確かに!彼らは愉快な連中でした。」

プリムローズは少しの間を置き、次に続く話題を特別なものに見せた。

「──それなら、これはあなたの方が専門家なのかもしれないけれど、あなたの勤める財団の方は?」

「現在の財団は、例えるならば、角砂糖に蟻が群がっているようなものです。オブジェクトは少しずつコンペンディウムに引き渡しています。最近になり、評議会の長老達は彼らの終末と、コンペンディウムと彼らに流出するフェノムの存在について話し合ってはいますが──例外はありますが、どれも甘い頭と計画をお持ちだったのでしょう。これは失礼な表現だったでしょうか?」

私は少し戯けるように声の抑揚を変えたが、プリムローズは暫く押し黙り、水平線の街を眺めた。彼女の向こうでは第一の太陽が沈み、私の背後からは第二の太陽が彼女を照らした。

「デイビッド、」

彼女は私を向いた。

「もしこれらの仕事が全て終わったら、デイビッド。あなたは、どうするつもりなの?」

フェノム-6001を調査します。」

「そう」

彼女はこちらへ寄って来た。

「あなたは、何故?どうして、あれを覗き込もうと考えるの?」

「プリムローズ、同じ博士なら、あなたほどの良き理解者はいないでしょう。彼らは皆、日常の好奇心とそれを覆すほどの事実を動力として生きているのですよ。」

好奇心は身を滅ぼすCuriosity killed the catわ、デイビッド。これは酷いことなのかもしれないけれど、あなたはきっとパイオニアとは違うのよ。コンペンディウムの大使なのよ。誰もあなたが消えることを望んではいないわ。」

彼女は私に近付いた。

「それに、あなたなら分かるでしょう?通常の人間は、ワームホール転移時に無意識にエゴを保つことは不可能なのよ。彼らはもう既にその結果を得ているわ。」

彼女は更に近付いた。

「デイビッド、」

「プリムローズ、あなたは普段の主張をどうするつもりですか?」

「違うわ、デイビッド。私は単に──」

彼女は顔を顰め、暫く言葉を渋る時間を必要とした。私には今の彼女からは、嘗ての威勢を持つ彼女を連想することはできなかった。

「私には既に理解できています。この世界のデイビッド・カスピアン。彼があなたの前から姿を消した理由も。コンペンディウムが広漠とした次元で、A6Kを見出だすことが可能だったことも、ただ運の良かったことではなかったと。」

プリムローズは頭を垂れた。

「……デイビッド、あなたはコンペンディウムの完成を見守ることはできないのね」

「──プリムローズ。私はまた、あなたに会いにいかなくてはいけない。」

私は立ち上がった。彼女は顔を上げた。

「ですが、コンペンディウムなら──」

ホログラムは静止した。瞳は私と彼女を見た。デイビッド・カスピアンを見た。

「──彼らなら、この状況を打開する方法を見つけ出すことができるでしょう。このことを、次の投票に賭けては見ませんか?」

彼女は何も言わなかった。私は堤防を下り、公道に大きく手を伸ばした。そこには偶然にもボタンらしきものがあり、コンペンディウムのマークが大きくプリントされた丸い転送カプセルのバイパスが解かれた。

「私はコンペンディウムに戻りますが、乗りますか?」

私がカプセルに乗り込むと、彼女は無言で堤防を飛び降り、こちらに歩み寄った。私は彼女へ最初の問いをぶつけることにした。

「プリムローズ、何故あなたはあそこにいたのですか?」

「……単に、猫のきまぐれよ。」

私は彼女の返答に十分に納得した。彼女が猫用のシートに座った時、次は私がインタビュイーになる番だった。

「それで、私達の感動の再開はこれで何回目になるのかしら?」

私はその質問には無言で答えることにした。第二の夜の街に溶けて、消えた。

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