夢多き日のカスパン

このぺージは削除されていません。

下記ぺージは削除用カテゴリに置かれています。
draft:7707552-10-7ee7

ページを完全に削除するには「オプション」から「削除」を選択し、「ページを完全に削除する」にチェックをいれてから削除してください。


評価: 0+x

ティターニアの地下に広がる空洞の壁は冷たく、寒い。岩の壁に張り付く蔦は水滴を凍らせている。ティターニアとその周辺の地域は緑が生い茂る温暖な土地であったが、地下は違った。ここは監獄の再深部であり、ティターニアの心でもある。その中心に浮かぶ心臓は、凍えて弱々しくゆらゆらと揺れていた。地下空洞にいたのは老人ただ一人──カスパンがそれを眺めていた。

カスパンはこの時を、彼の役目が終えるこの瞬間を予期していた。

これは必然だった。カスパンはティターニアの管理に投げ込まれた時から、ティターニアの心臓は確実に弱まっていることを知っていた。彼は生命の成り行きを誰よりも理解していた。夜闇の子らでさえもそれは目に見えていたはずである。後にここへ来た太陽の子らもティターニアの存続を望み、延命処置を施したが、程無くしてその努力は無意味に報われた。カスパンはこれらに対して何もしなかったが、それが唯一の効果的な手段であったことが他に知れたのは今となってからだった。

カスパンは現在の地位に不満を抱くことはなかったが、それでも子らの活動には目を覆った。毛皮に包まれた者たちは、彼らより獰猛な者を狩っては、そこへ閉じ込めた。それらの所業に悪意は無かったが、善意もなかった。それらを撲滅した者たちも、また似たような集団だった。彼らは口先だけでは正義を貫いたが、彼らの銃はいつでも撃てる状態にあり、その銃口はティターニアと囚人と、そしてカスパンに向けられていた。カスパンは何よりもティターニアを愛していたし、彼にはそうする他に何も無かった。カスパンは、それがまだ彼女であった時代を思い出した。

カスパンが目を薄めた。その瞬間──

心臓は著しく脈動を再開した。地下空洞の壁に張り付いた蔦が激しく蠢き合い、成長する。空洞内の気温が大きく変動する。地面が振動し、ティターニアは稼働した。これを見た子らはきっと等しく喜びを表すだろうが、カスパンは違った。

その後も心臓は脈動を続け──



……………

………





ティターニアは、死んだ。

程無くして、心臓は止まった。蔦の生命活動も停止した。

そして、その最後の拍動と共に心房は金粉へと化けた。それを自身の檻へと捧げ、消えた。大地の振動は止まり、地下空洞の気温は氷点下にまで及んだ。カスパンは神の生命の息吹を見た。

暫くすると檻は完全に土へと消えてしまう。ティターニアは再び還ったのだ。

カスパンは少しの間立ち尽くした。彼の口からは少しの音も発されなかったが、彼の目には確かに、かつてのティターニアが浮かんでいた。


カスパンが管理室へ戻ると、ティターニアを共に守護してきた太陽の子らが彼を迎えた。カスパンはティターニアの最後は独りで見届けさせて欲しい、と彼らに要望を出していた。彼らの一部は不平を呟いたが、カスパンにとっては微塵も関係なかった。

「感謝致そう。太陽の子らよ。」カスパンは少し顱を垂れた。

暫く彼らは無言であったが、程なくして彼らの内の博士らしき人物が前へ出て口を開いた。

「そして…SCP-2932は?」

「女神は、還られた。」カスパンは強く主張する。「これで儂もお主らも役目を終えたことになろう。」

「ああ、そうでしょうか…」彼らは項垂れ、そして続けた。「謝罪させて欲しい。確かに、我々は尽くした。だが、ティターニアを我々に守り通すことは叶わなかった。」

「儂はお主らが無垢の者ではないことは知っておる。儂は忠告しておったはずじゃ。これらは摂理であろう。豪雨の続く一時の果てには、必ず月明かりが待っておるものじゃよ。」カスパンは激しくカチカチと鳴らしたが、彼が言葉を言い終える時にはそれは止み、カスパンは樹脂の窓からティターニアを眺めていた。

「…ですが、貴方はティターニアを、愛していたでしょう?」博士は恐る恐るな様子で尋ねた。

カスパンは目を合わせない。「昔はそうじゃった。お主らの想像でさえ力尽きるような遠い昔じゃがな。」

彼らもカスパンの視界にうつるものを眺めた。

「監獄は倒れた。さすれば、お主らは看守を捕えるじゃろう?」カスパンは唐突に尋ねた。

「ええ、そうでしょう。我々は貴方をそうしなければならない。」

カスパンは暫く考えた後、答えた。

「そうさな、儂に少々の自由を許して欲しい。」

彼らはざわめいた。彼らの内から白衣を来た数名が話し合う声が聞こえた。

さっきまで話していた博士とは違う者が尋ねた。「果たして何の用で?」

カスパンが次に口を開く前に、また彼が前へ出て、彼を後退させた。「いえ、仰らずとも結構。私は貴方を信じます。上の者へは私から伝えましょう。貴方ほどの叡智のある看守は他にいなかった──」

「度重なる老いぼれの願いに感謝致そう。」

彼はカスパンに目で合図し、他の子らに目で合図した。そして最後にカスパンを見た。

「また直ぐにお会いましょう、カスパン。」太陽の子らは頭を下げ、入口を向く。

寛容であれ。太陽の子らよ。」

彼は振り返り、再び深く頭を下げると、ティターニアを去った。

望楼が静まり返った後、カスパンは窓から再びティターニアを覗いた。蔦が複雑に絡み合い形成されていた檻は、その多くは土と岩の上に腐り落ちていた。20フィートもあった相貌は、大部分は剥がれ落ち、枯れ木と化している。また、監視塔から一望できるかつての独房は、その全ての扉が落ち、何も存在しない空間が剥き出しになっていた。カスパンは手を止める。それらはかつての囚人の最後をカスパンに想起させた──

Epheliaは女神が朽ち果てるより先に、独房の蔦の上に横たわり、踠き苦しみ、そしてその声はついに腐敗した肉と共に途絶えた。彼女は最後、その口もが腐り落ち養分へと変わる前に、ある者の名前を呟いた。だが、それを覚えていた者は誰一人としていなかっただろう。

Yon-Kamurは、ある満月の夜だ。多くの者が檻の一角より震え上がるような咆哮を聞いた。監視の者が彼の異変を駆けつけた。だが、不運にも蔦の間に点在する彼の目を合わせた。彼は狂ったように這いずり暴れだし、幾度となく蔦の壁をその巨体と爪で傷付けた。そして咆哮が頂点に達する時、彼はついにティターニアの守護から逃れ、月の光にさらされた。彼の巨体が月と重なることを見た時、彼の身体と咆哮は灰となり、燃え落ちた。太陽の子らは彼の落ちた場所に出向いたが、そこにはもう既に何も残ってはいなかったと言った。

Adam El Asemは、その独房の入口が腐り落ちた時、彼はその身一つで逃げた。それはカスパンを恐怖に震撼させたが、少しの時間に過ぎなかった。彼は以前よりも力無く、以前に増して王冠の存在に溺れていた。彼は王冠の捜索を始めたが、彼の王冠は見つからなかった。人間の王としてのその最後は呆気の無いものだった。しかし、彼が干からびた大地にその命を落とした時のみ──これは偶然ではない。再び山は静まり、海はその声に耳を澄ませた。

カスパンは次に自身の最後を想像した。彼もまたティターニアの看守であるというならば、同じ目的を持っているだろう。彼は監視塔の入口から視線を感じた。カスパンは振り替えると、ここへの入口から覗く妖精たちを見た。彼らもまた、捕らえ、囚われる関係にあった。

「お主らもここが土へと還る前に早く去ると良い。ティターニアにはもうお主らをここへ留める力は残っておらぬ。」

カスパンは言い放つが、妖精たちは微動だにしない。

「行け。儂はもう時代を恐れてはおらぬぞ。」

カスパンの目は彼の言葉に強く共鳴した。また、かつてのティターニアがそこに浮かんだ。妖精はカスパンの目とそのティターニアを見て、そして彼らは初めてここを去った。きっと行く先は決まっている。カスパンも後を追うことになるだろう。

カスパンは蔦の中に埋もれた帽子と杖を取り出し、枯れた蔦を払い落とした。そして帽子を被ると、カスパンは望楼を下り、彼もまたティターニアを逃れて外の光へと姿を現した。それらの草木はカスパンを踏み留まらせておくには不十分であった。もうすぐこの大木も土に沈むだろう。行き先は既に決まっている。


カスパンは名も無き森林一つの道を歩いていた。カスパンはこの森へ踏み入るのはこれが最初ではなかった。また、カスパンは太陽の子らがここへ出入りしていることも知っていた。そこに住まう者たちはカスパンが訪れたことは知っていた、または彼を理解する者もいたが、彼を尋ねる者はいなかった。

カスパンは暫く木々の間の小道の逍遙した。カスパンは長きに渡り、ティターニアを除く自然からの眼福は途絶えていた。

そこでキャベツと小さな小屋の近くにいる土着実体を見た。カスパンはゆっくりと見知らぬ男に近づいた。

貧相な男は3つの足音に気が付き、手を止める。そして、道に立つ老いた虫を見た。

"こんにちは、見知らぬ老人よ。"

「ああ、こんにちは。」

"私にはまだ見ない顔のようだ。外の者であろうか?"

「いや、儂はそのような者は存じ上げんよ。」

"いや失敬。どの道、私はここから出られない。孤独である。話し相手として。茶でもどうだ?"

「構わんよ。儂も同族じゃ。少しばかり用があってここへ参った。」

カスパンは余った足で帽子を少し持ち上げると、そいつは。



……………

………





カスパンと小屋の主人は机を挟んだ。老いた虫と若い男。その光景は第三者からするとかなり奇怪であったであろうが、今のを励ますのには十分であった。

彼らは暫くの間は互いに無言であったが、カスパンは唐突に口を開いた。「貴殿の言おう外の者とは?」

"昔のことだった。私にはもう話すことは不可能だが、大抵のことは道を外れると、歴史を失ってしまう。歴史を失った者は、誰かに覚えられることがない。道を外れることが不能となった者は、再び此処へ戻って来るんだ。ここは貴方が思うより、排他的に稼働している。"

「つまり、其方もかつてはそうであったと?」カスパンはティーカップを置いて身を乗り出した。

"いや、本当に。どうか気にしないで欲しい。きっと貴方には関係の要らないことだ。"

答えた者はこれ以上話を続けることを否定した。

"私の意義は、ただ放蕩を重ねるだけにある。"

"もう一つ酌んでこよう。"

孤独な話者はカスパンを離れて台所へと歩んだ。

「いつもこうしておるのか?」

カスパンは呟いた。

"ええ、"

ジェイパーズ

白衣と纏う者は、その手を止めた。ティーカップを置く音が響く。そしてカスパンを見た。

「お主がかのへ入るところも儂は知っておった。」カスパンは続ける。

"い、如何に──彼の名前を?"

「そうさな、儂も同族なだけじゃ。」カスパンは頷いた。

"そうだ、私は名を奪われた。──歴史を剥奪された。"

「儂はそうは思わんのう。汝はこれをどう捉えるかが重要なだけじゃ。そうじゃろう、ジェイパーズ。」

カスパンの口から声が途切れたと同時に、彼らの身体には変化が訪れた。カスパンの体は一人の老人へと姿を戻し、彼の羽は一枚の薄汚れた白衣になる。彼の羽に残された古傷とその多くの足は彼の握りしめる杖を模した。また、一人の博士は、ジェイパーズを呼び戻し、再び彼に息を吹き返させた。

ジェイパーズは項垂れ、その場に倒れるように座り込む。両手に力が入り、少しの間呻いた。その間、カスパンは何も言わない。彼がこれらを理解する為に些か時間を必要としたが、先にジェイパーズが口を開いた。

「は、博士──私、私は赦されたので?」

老人は何も言わない。

「ああ…私はいったい、どれほどの時間をここで?」

カスパンは何も言わない。

「これは…なのでしょうか。博士?」

「お主、今日はちと目が覚めることが多い。お主も真実じゃなかろう──瞞しじゃ。そろそろ目を覚ますべき刻じゃなかろうて。」

ジェイパーズは以前にも増してその声に落ち着きがあった。

「あれから財団は…ここへの探索を禁止にし、井戸を塞ぎ扉を閉じた──禁忌だ。」ジェイパーズは頭を垂れ視線を床の木目に落とす。しかし、彼の手は力強く握り締められていた。「これは…私の、贖罪なのでしょうか?」

「それについてはお主が誰よりも心得ておるであろう──ティターニアは崩壊した。儂らは帰還し、最後の責務を負わらねばなるまい。どうじゃ、学者の友よ?」

「ああ、左様で…」ジェイパーズは力なく両手を床に落とした。

カスパンは振り返り、彼の杖を扉へ向けた。

「ああ、確かに憶えています。私の知る貴方はいつもそう言う。貴方はティターニアの主ではない。」

「きっと儂も財団も、お主の理想には叶うていないじゃろうな。」カスパンは呟いた。

扉が開く。この長い時の間、ジェイパーズが感じたことのない光が小屋に満ちた。老人は光に歩み寄り、そして埋もれる。

シェイパーズは立ち上がり、老人の後をつけた。彼らの数年の時も過ごした場所を後にして。彼の犯した禁忌を後にして。かつての彼らを後にして。

特に明記しない限り、このページのコンテンツは次のライセンスの下にあります: Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License